INTERVIEW

Artists #38 稲田和巳

2月18日から4月8日まで、当財団事務局ギャラリーにて稲田和巳さん個展「潮」が開催されています。稲田さんはCAF賞2021(https://gendai-art.org/caf_single/caf2021/)で最優秀賞を受賞、本展はその副賞として開催しています。《潮》は、社会統計データから生成された仮想の地形を用いて、地理空間に横たわる不可視な流れを考察しようとする取り組みです。地点を位置に、数値を高さに割り当てることで構築される地形は、現実の地表の形状モデルが大気や水の動きを推測するのに役立つように、データが持つ要素の動きを把握することを可能にします。インタビューでは本展の作品や現在のご活動についてお話を伺いました。


--個展開催おめでとうございます。今回の展示は新作《潮》を発表されています。

稲田:本展は、近年取り組んでいる「世界の姿をロジカルに構造化し観察可能にする」ことの一部となるものです。《潮》というタイトルは、展示中の同名の作品の中で提示している、社会の中の不可視な流れを意味します。たとえばエネルギーや資本が都市に集中し、文化的影響は逆に都市から広まっていく、そういったなんとなく想像できるであろう現象を、直感を超えた高い解像度で捉えることに取り組みました。

自然界における大気・水・土といった流れは地表の形状=地形によって決まります。本展では自然のそれではなく、社会的な数値統計データをもとに仮想の「地形」を構築することで、そこに存在する「流れ」を推定しています。

会場には正面と左右の壁に大きく3つの作品があり、すべて同じ「地形」のモデルを表します。会場正面の映像作品では、本展会場を中心とした六本木の航空写真に、「地形」の上を水や土のような粒子が流れるシミュレーションの様子を重ねて表示しています。

個展《潮》より「潮(六本木)」2023年

稲田:会場左右の壁では平面プリント作品として、「地形」を地図に落とし込んだ図を示しました。実際の街の地図に、仮想地形の等高線を青色で書き込んだ「地形図」、北西から光を当ててできる影を示した「陰影起伏図」をそれぞれ並べています。

個展《潮》より、左「潮(六本木)- 標高地形図」、右「潮(六本木)- 陰影起伏図」2023年

稲田:社会統計を用いて地形を作るにあたって、単一のデータセットを使うのみでは、社会の持つ単一の側面しか表すことが出来ません。《潮》では、複数の統計を掛け合わせ合成することで、社会をより多角的、複合的な形で捉えた像を提示しています。今回の「地形」は「地価」「昼間人口」「交通騒音」「Wikipediaの閲覧数」の4種類のデータセットを用いており、左壁の大きな地図で完成した地形を示す一方で、右壁で個別のデータセットから生まれた地形をも展示し、生成のプロセスを見せています。

稲田が本作に使用しているデータテーブル

個展《潮》より「潮(六本木)- データレイヤ」2023年

--4つのデータは別の統計でありながら重なる要素も大きそうです。昼間の人口と騒音、地価と閲覧数など、ほぼ比例するのではと思います。

稲田:そうですね、一般にデータを掛け合わせていくと、ノイズは打ち消されていき、共通する特徴は増幅されていきます。地形図と陰影起伏図はまさに、その共通している部分が図面に出ているといえます。本作をまとめていく上で、そういったデータの掛け合わせから、この街の傾向みたいなものが浮かび上がってきましたね。

--ハンドアウトは裏面が作品の地図になっていて、リアルな地形と照らし合わせながらフィールドワークをすることが可能です。先日稲田さんも実際に試されていました。

稲田:六本木はデータが十分に豊富で密な土地なので、本展での地図は歩き回ることができる程度にズームインした縮尺で作ることができました。実際に歩いてみて、六本木のすべてが直ちにわかるというものではありませんが、見えない構造と比較しながら眺める街は、その差異や仕組みに意識が向くのではないかと思います。例えば六本木ヒルズの中は常に人が多く賑わっていますが、この地図で示される特徴点は隣のテレビ朝日に寄っています。地図の上では一塊のエリアでも、実際にはテレビ朝日とヒルズとの間は高い階段で分断されており、テレビ局そのものは全然賑わっていません。テレビ朝日はマスメディアとして情報空間では絶大な影響を持つわけですが、これを足で歩いて行ける地理空間にマッピングすることで、現実の光景とはズレた地形が生まれているわけです。データによる仮想の地形は現実にも確かに重なることがある、ということがわかる一方で、こうした現実との差異も感じることができました。

稲田が本展ハンドアウトと照らし合わせながら行った実際のフィールドワークの様子(上:テレビ朝日と六本木ヒルズの間の階段、中:青山霊園内の地図左上角地点、下:本展ハンドアウト裏面)

--本展と同時開催している関連展示についてはいかがでしょうか。

稲田:「潮」とアプローチを同じくした作品の関連展示として、個展会場から徒歩3分程度のところにある、六本木駅直結のビルのショーウインドウで《Instant Sympathy - Roppongi》を展示しています。インターネット空間では現実の人間関係とは全く違った社会構造があるのではないかという仮説をもとに、この見えない構造をシミュレーションによって探求しよう、という取り組みです。画面に表示される個々の輝点はインターネットのユーザーを表しており、それぞれの点はより近いつながりを持つほど強く引かれ合い、近い場所に寄っていくように動きます。今回はTwitterをデータソースとし、六本木やその関連ワードでの検索結果に載ったユーザー群を母集団とし、その構造をシミュレートしています。

《Instant Sympathy - Roppongi》の展示は、常に動き変化していく作品をもっと長期的な視点で観察してもらうためのチャレンジでもあります。人通りの多いパブリックな場所で展示することで、同じ作品を何度も目にする人が必ずいるだろうと思うのですが、前と見た目が違うぞ?という気付きから、ギャラリーで一瞥するだけでは決して成し得なかった観察の糸口が生まれるのではないかと期待しています。

《潮》関連展示《Instant Sympathy - Roppongi》ラピロス六本木 ショーウィンドウ(東京メトロ日比谷線・大江戸線「六本木駅」直上)

--稲田さんは作家として美術作品の制作を行うというよりも、研究者やエンジニアとしての実験的側面が強いですね。

稲田:「オープン」を意識して作品や展示を作っているのはその最たるものかもしれません。《潮》自体がオープンデータを材料に作られているのもそうですが、作品の裏側を見せる機会を積極的に作ったり、制作のノウハウを公開したり、本展のWebサイトもオープンソースプロジェクトとして利用できるようになっています。いずれも技術者文化としては自然なことなのですが、アーティストとしては馴染みがないですよね。

自身の活動を何と定義するつもりはなく、自分がまとめたものを何かの技術やアートの形に表象させていくこともできる、というくらいの姿勢で活動しています。一方で、このような作品が研究の資料や科学的な発見に繋がるかというとそういうことはなく、指し示すのは難しいです。自分がやっていることをどの分野に位置づけるか、というところまで考えて作ってはいないというのが正直なところで、どこに持っていけるのかを作りながら日々並行して探しています。

--こういう作品を作ってみよう、という着想はどこから湧くのでしょうか。

稲田:「もっと世界を正確に、論理的に、主観が削ぎ落とされた形で把握したい」という欲求が原動力です。「自分と他の人が見ている世界はどうやら同じではないらしい」という感覚を起点に、自分に見えているものに混ざっている主観や意識による自己バイアス、それらをできるだけ排除するためにはどういうアプローチがあるか探求しています。エンジニアとして機械をいじっていて、こんな資料やデータ、技術の存在から、これを使えばこういうアプローチができるかもしれない、こういうことも知ることができるかもしれない、ということから思いつくことが多いです。

予測可能性、構造化というキーワードも重視しています。きっちりと罫線が引けて、次に何が起こるか大方見える・予測できる世界は便利で過ごしやすく進化の可能性を高めるということ、そのためには世界を整理して論理的に理解し、関係性を見出す構造化が必要になる、こういった着想が作品作りのモチベーションになっているのだろうと思います。

CAF賞の入選作家はほとんどが美術系の大学生ですが、僕は筑波大学情報学群情報メディア創成学類の出身です。高校生時代に進学を考えた時に、芸術の分野とテクノロジーの分野はやっぱり両方が好きで、両方できるということから本学部に進学しました。根源的には昔から変わらず、自分のアイデアで何か作っていることそのものが好きです。

CAF賞2021で最優秀賞を受賞した稲田の作品《住人たち》。筑波大学の今は使われていない学生寮を使用した、住んだ記録を反映するシステムを作り、プロジェクト作品として出展していた。(写真:木奥恵三)

--そういう意味では作家・アーティストとしての姿勢が根幹にはあるのかもしれませんね。

稲田:そうかもしれません。美術の人と話すときと、テクノロジーの人と話す時とではスイッチが切り替わっていて、どちらとも思考を入れ替えるようにやりとりしています。一概にどっちかとは言えないですね(笑)。

もうひとつ、自分がこの道を歩む上でバックグラウンドの影響として大きいのは、小さい頃からよく見ていた舞台芸術、演劇です。いわゆる美術に関わる人たちが指すコンテンポラリーパフォーマンスではなく、ステージで上演される演劇ですね。厳密にシナリオが決まっていて物語が展開され、観客はその枠組みの中でもなお生まれるゆらぎや、ライブパフォーマンスとしての緊張感を鑑賞します。
本当に決まり切ったことだけを繰り返すのも統一的な体験という意味で見せやすい・説明しやすいでしょうが、何が起こるかわからない、観測の範囲外に出ないようにしつつも何か起こるように仕掛けるという手法は興味深いですし、科学的手法に通じるところがあるのではないかと思います。ちょっと話は変わりますが、例えばCAF賞2021でご一緒し、本展でもトークにお招きした花形槙さんの作品《Uber Existence》や《still human》も、実験台となる枠組みを作って、その枠組みの中である程度自由度を保ちながら、枠の中で何が起こるかを観察するという、パフォーマンス的でもあり、サイエンスな性格をも持っていると感じています。

CAF賞2021岩渕貞哉審査員賞受賞作品、花形槙《Uber Existence》(写真:木奥恵三)

稲田:《潮》もまさにそうで、地形そのものを作ったのではなく、統計データから地形を作るシステムを構築しているだけで、実際何が起こるかは制作者自身にもわかりません。やってみたら全然面白くないデータが出ることもあると思います。図の生成過程において人間はまったく手出しができない、恣意性を限りなく排除するシステムにおいて、有機的な姿が生まれてきたことに魅力を感じています。

--最後に、今後の活動の予定など教えてください。

稲田:所属が情報系の大学院であるため、作品制作や展示が残念ながら直接の実績にはならないという事情があり…。ここしばらく美術の方面にかかりっきりだったので、もしかするとしばらくは美術の軸足からは一時的に離れて、テクノロジー分野の研究を深める時期になるかもしれません。でも、何かを作っていくこと、美術に触れていることは自分の中で大きな核となっています。公募や展示の機会は自身のあらゆる活動の幅を広げるきっかけになっているので、作家活動は今後も続けていきたいですし、展示・制作のお誘いもいつでもお待ちしています。


開催概要
タイトル:CAF賞2021最優秀賞受賞作家 稲田和巳個展《潮》
会期:2023年2月18日(土)〜4月8日(土)*日〜水、祝日休廊
開廊時間:会期中の木・金は12:00〜18:00、土は12:00 - 19:00
会場:現代芸術振興財団(東京都港区六本木6-6-9 ピラミデビル4階)
入場:無料、事前予約不要
同時開催:《Instant Sympathy - Roppongi》ラピロス六本木1階ショーウインドウ(東京都港区六本木6-1-24ラピロス六本木)*本展示は会期中無休
https://gendai-art.org/caf/inada/

稲田 和巳 | Kazumi INADA
1997年、大阪府生まれ。2021年より筑波大学大学院に在籍。アーティストとして、主な活動に「亀山トリエンナーレ2022」(三重・2022)、「CAF賞2021」(東京・2021)、「住人たち 再制作と展示」(茨城・2021)、「つくばメディアアートフェスティバル2021」(茨城・2021)など。その他の活動に「中高生のための研究サポート動画」(ディレクション・2022)、「つくばSKIPアカデミー プログラミング実習」(教材設計と講師・2022)など。

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