INTERVIEW

Artists #29 石原海

この度のアーティストインタビューでは、CAF賞2016(https://gendai-art.org/caf_single/caf2016/)にて入選・岩渕貞哉審査員賞を受賞された石原海さんをご紹介いたします。
石原さんは昨年9月に東京・銀座の資生堂ギャラリーにて行われた、「第15回 shiseido art egg」にファイナリストとして選抜され個展を開催されていました。本展では、北九州の教会に集う人々と行う演劇の映像作品をメインとした映画インスタレーション作品を発表、石原さんに本展のお話からご経歴、近年の制作活動についてのお話を伺いました。


--CAF賞2016で入選、岩渕貞哉審査員賞を受賞されました。その時からのご縁ですが、もう6年も前なんですね!

石原:本当にあっという間ですね。私は当時、東京藝術大学の先端芸術専攻に在籍していました。20代前半の学生だと美術業界の知り合いの方も全然いなかったりして、いろんな人に作品を知ってもらえるという意味でもいろいろな公募に応募していました。CAF賞は賞金の金額が大きかったし、最優秀賞を獲得した人は、賞金50万円と海外渡航費50万円ももらえると書いてあったので(*2016年当時の賞金額)海外への興味があったこともあって応募しました。
CAF賞に出した作品も、昨年の資生堂ギャラリーでの個展《重力の光》もそうなんですが、「映画インスタレーション」と最近呼んでいる作品を発表しています。そう呼んでいるのは、映画を見せるための装置としてインスタレーションを展開している側面があるからです。CAF賞で出した《どんぞこの庭》も、存在しない架空の映画のためのインスタレーションとして構成しました。

CAF賞2016岩渕貞哉審査員賞受賞作品《どんぞこの庭》

石原:私はいつも物語に興味があります。一概に物語って言ったら小説とかでも形にすることは可能だと思うけど、その人自身の物語に興味があるというか、出演してくれる方や、自分自身が見てきたもの・感じとってきたものといった、人の生き様みたいなものを記録したいという欲望があります。映像はそういう生き様を、他のどの形よりもリアルに浮き彫りにさせてくれるような気がするから、映像作品を作り続けているのかもしれません。

東京藝術大学卒業制作作品 《ガーデンアパート》

昨年4月にTakuro Someya Contemporary Artにて開催されたグループ展「ジギタリス あるいは1人称のカメラ」で出展された石原の作品《牡蠣のような猫が落ちてきた》

--石原さんが映像作家の道を進まれたのは、何かきっかけがあるのでしょうか。

石原:昔から単純に映画を見ることが好き、美術が好き、というのがあって、ぼんやりとそっちの方向に進めばいいかなと思っていたんですが、映像が仕事になるというのを当時はまだ知らなくて、その道に進んだ人たちはどうやって生きていっているのだろうと不思議に思っていました。何より、映像を作ったり文章を書いたりする以外に、自分は何ができるのか想像ができなかったというのがあります。この先どうしたらいいのか、日々のバイトにまみれた生活からどう抜け出せばいいのかもわからなくて、何か作品を作ったら外に出そうと思い、早くからいろいろな公募に応募していました。手探りで歩んできた道でもあったので、正直いまだに自分が作家なのかどうかわからない、というのはいつまで経ってもあると思います。
最近は、もしかしたら違う方向の進路もあったのかな、と思ったりもします。美術を作ってるのではなくて、福祉や教育に進んだほうがよかったのではないかという自問自答があるのは、私自身がそういった現場にも興味があるからだと思います。世の中からはみ出てしまった人と共に生きていくような作品を作りたいとずっと思っていて、実際にそういったバックグラウンドを持つ登場人物やテーマが私の作品の中に多く出てきます。それは自分もこの社会からはみ出してしまっているからだと思うんですが、時々、作品を通してではなく、直接そんな方々と関わることのほうが重要なんじゃないか、と思ったりもします。だけど、すぐ目に見えた変化がなかったとしても、はみ出てしまった人々を肯定するような作品を作ることで、ここからは遠いところにいる人や、時代を超えて困ったり悩んでしまっている人が私の作品を見て、間接的にその人の人生が変わっていくということもあるかもしれないなと思うようになりました。もし私の作品によって誰かが前進するきっかけとなったら、それは私自身が肯定されることにもなります。

--そういった、石原さんご自身も勇気付けられるような作家・作品の存在があるのでしょうか。

石原:フランスの小説家でマルグリット・デュラスという方がいるんですが、高校生の時くらいからデュラスの小説や映画がとても好きでいつも心の中に存在しています。彼女は小説だけでなく映画監督などもしているんですが、少なからず自分の作品も影響を受けているように思います。デュラスの作品は知性に溢れているのに同時にすごく野生的で、小説の中で「苦しい、辛い」みたいな欲望が溢れて書かれているんです。私自身、気分が落ち込んでいる時は彼女の本を読んで号泣しながらひたすらお酒を飲む、みたいなことを未だにしてしまいます。日本の映画監督だと富田克也監督、相澤虎之助監督も大好きです。彼らは、空族というクルーをやっていて、デュラスとはまったく違った感性ではありつつも、やはり社会からはみ出た人たちを描くことで肯定してくれていると感じることができる作品を作っています。彼らの映画を見て、自分の話をしていると心の底から思う。いま私があげた好きな作家の作品は共通して、ワイルドさというか、土着要素というか、その野生のパワーに救われるような気持ちになります。
あとは、勇気付けられるという質問からは少し話は逸れてしまうかもしれないのですが、最近見た展示で心に残っているのが、2021年の頭に松濤美術館で開催されていた舟越桂さんの個展と、2021年5月に横浜のBankARTで個展をされていた敷地理さん(CAF賞2020入選作家)の展覧会です。敷地さんの作品にはポエジーが宿っているというか、物質が抱えているそれぞれの物語の破片みたなものを感じて、とても印象に残っています。

BankARTで開催された敷地理個展 《I’m a phantom》 2021 / パフォーマンス・映像インスタレーション

--第15回 shiseido art eggの個展でも映像作品を出展されていらっしゃいます。

石原:友達のお父さんが牧師をしていたことをきっかけに4年前に北九州を訪れて、その流れで北九州が大好きになって、この土地に移住しました。私はクリスチャンではないし、今まで聖書を読んだこともなかったんですが、教会に通う中で聖書のおもしろさに気付き、移住してからは聖書関連の本を読んだりしてずっと勉強をしていました。
今回の個展では、その教会の人たちと一緒に聖書の演劇をする映像作品を出していました。様々なバックグラウンドを持った人たちが一丸となって聖書の演劇をするという、ドキュメンタリーに近い映像作品です。このメインの映像の他に、小展示室の方にも映像作品のループ作品や光を使用した作品も発表していて、こちらでもインスタレーションを展開しています。

《重力の光》
生きているだけで、重力に引っ張られて下へ沈んでしまいそうな気持ちになるけれど、祈ることで一瞬だけ重力から解放されてふわりと浮かぶことができる
北九州の困窮者支援をするキリスト教会に集う人々と聖書劇を作る日々を記録した、実験的なドキュメンタリー。



『重力の光』は、教会のみんなとイエス・キリストの十字架と復活を描いた受難劇とその稽古の日々、そしてそれぞれのインタビューで構成されたドキュメンタリー作品である。ギャラリーソープでは、未発表の映像を含めた映像インスタレーションを展示。昭和館では、長編ドキュメンタリー映画の上映+トーク。本作では、元ホームレスの人たちや、極道だった人、虐待を受けていた人、生きる意味に悩む人、NPOで働く人、教会で働く夫婦などを含む9人の教会に集う人々を描いた。

監督ステートメント
いきなり北九州に住むと決めたとき、アタシは途方に暮れていた。数年前に友人に連れられてきた記憶だけを頼りに、地元でもない土地に戻ってきたのは、祈りでもしないと生きてることに耐えきれなくなっていたからだと思う。
北九州に連れてきてくれた友人の親は牧師と生活困窮者支援をやっていて、アタシも徐々に教会に通うようになった。まだあまり知り合いのいない土地で、教会の人たちと過ごしているうちに、みんなと一緒に作品を作りたいと思うようになった。ここに集う、傷ついた愛すべき罪人たちの人生を記録することが、自分にとってすごく重要なことに思えたから。

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--現在は北九州にお住まいとのことですが、その前に石原さんは東京藝大ご卒業後、ロンドン大学大学院ゴールドスミス校に進学されましたね。

石原:そうですね、2年ほどイギリスにいました。本当のことを言うと実はギリシャに行きたかったんです。2017年に行われたドクメンタ(*5年に一度の現代美術展)の会場として、ドイツのカッセルだけでなく、ギリシャのアテネでも開催されていて、その展示を見にアテネに行きました。ギリシャは物価も安いし天気も良いし、海は近いしご飯は美味しいしで楽園みたいだなって。東京は何をするにも高いじゃないですか。あまり人生に無理をしないで生きていけるあたたかい国に行こうと思って、ギリシャを候補として大学院進学を検討していました。ただ、進学する際の助成金が指定する海外大学のリストにギリシャの美大が入っていなくて、結局ギリシャ行きはナシになりました。アメリカには行きたくなかったのでそれ以外の英語圏でどうしようかなと考えていた時に、なんとなく浮かんだのがイギリスでした。イギリスには友達もいるしまあいいかなと、気がついたらロンドンに渡っていた、という感じでした。

イギリスに行って1年目は、真剣に大学で学ぶというよりは、真剣に外に出て遊んで経験を積む、と言うことをしました。遊ぶと言うと語弊があるのですが、勉強の他に学外で何かチャンスを掴もうと思って、イギリスでも公募を探していました。
その中でイギリスの放送協会・BBCが主催する映画のコンペティションがありました。そこで選抜されれば映画を撮ることができ、BFI(英国映画協会)主導でイギリス全土で放映してくれるというものがあってそれに応募をして、採択され《狂気の管理人》という映画を撮ることができました。あとはBloomberg New Contemporariesという学生を対象とした新人作家の登竜門的なアワードもあって、それにも応募しました。ターナー賞へ選ばれる作家も排出したりとわりと有名なアワードなのですが、入選することができて、その展覧会にも参加しました。

Bloomberg New Contemporariesに出展した映像作品《UMMMI.のロンリーガール》

--イギリスの2年間でさらにパワーアップされたんですね!そして現在は北九州にお住まいと。

石原:北九州にはもう1年くらい住んでいます。イギリスから帰ってきて、最初は友達の家など転々としながら東京で家を探してはいたんですが、やっぱり物価も家賃も高くて、改めて拠点にするかどうか、なかなか決めかねていました。
私がイギリスに行く直前、北九州に遊びに行ったことがあったんですが、先ほども話した通り友達のお父さんが牧師さんで、教会の上に泊まらせてもらった時期があったんです。その時教会に関わる方々と一緒に過ごした時間が、のちの自分にとって、とても重要な日々になっていたことに気付きました。教会で過ごしていた時期にイギリスに行くための助成金申請をしていて、もし助成金が通らなかったらこのまま北九州に住んじゃえば、と言われたこともあって、ずっと心の中に残っていた場所でした。それで、コロナになって大学を休学して日本に戻ってきた時に、また北九州に戻りたいなと思って、生まれ育った東京ではなく、思いきってこっちに拠点を移しました。どうしても仕事は東京が多いので、いまは北九州と東京と半々で過ごしていますが、とにかく北九州が大好きで居心地が最高だから、今後しばらくは北九州を拠点にするつもりです。

北九州を拠点にホームレスを支援することを目的として設立された特定非営利活動法人「抱樸」による追悼集会の様子

《重力の光》に出演された下別府氏

石原の撮影を北九州でできた友人も手伝う

現在石原が住む北九州のアパートから見た風景

--今後の作家活動の展望をお聞かせください。

石原:今はバタバタと、展示が終わってしまった、という感じで、展望がすぐにパッとは出てこないのですが....4年前に撮影した《ガーデンアパート》という長編映画があるんですが、そこからかなり自分自身が変わった部分もあるので、2作目となる長編映画を作りたいと思っています。それから、また美術の文脈での映画インスタレーション作品を作りたいと思っていて、長編映画と同時並行しながら、しばらく時間をかけてリサーチプロジェクトを進めていきたいなと思っています。


開催概要(*会期終了)

タイトル:石原海「重力の光」
会期:2021年9月14日(火)~10月10日(日)
時間:平日11:00〜19:00、日・祝11:00〜18:00
会場:資生堂ギャラリー(東京都中央区銀座8-8-3 東京銀座資生堂ビル地下1階)
https://gallery.shiseido.com/jp/exhibition/4343/

今後の上映予定

◆重力の光:北九州篇

会期: 2022年4月16日(土)〜5月15日(日)
時間:木-金18:30〜22:00、土15:00〜22:00、日15:00〜20:00
オープニング:4月16日20:30〜23:00 
クロージング+荒井優作ライブ:5月15日18:30〜
入場料:1000円+ワンドリンクオーダー
会場:GALLERY SOAP(福岡県北九州市小倉北区鍛冶町1-8-23)
*4月16日17:00〜20:00は昭和館での上映会のため休廊。

◆長編映画「重力の光:祈りの記録篇」上映&トーク at 小倉昭和館
一回目上映
4月16日(土)18:00〜20:00
(上映後トーク:石原海監督×奥田知志〈東八幡キリスト教会牧師、NPO法人抱樸理事長〉)

二回目上映
4月24日 日 18:00-20:00
(上映後トーク:石原海監督×池部哉太〈BLOOMY DAYS VINTAGEオーナー〉)

1800円/前売り1500円
いずれも会場:小倉昭和館(福岡県北九州市小倉北区魚町4-2-9 )
http://kokura-showakan.com/

石原海最新作、映画『重力の光』『重力の光 : 祈りの記録篇』の公開に向けたクラウドファンディングを実施中!

こちらのURLから!https://motion-gallery.net/projects/jyuuryoku_hikari

石原 海| Umi ISHIHARA

アーティスト/映画監督。1993年東京都生まれ、北九州在住。
愛、ジェンダー、個人史と社会を主なテーマに、フィクションとドキュメンタリーを交差しながら作品制作をしている。第15回 資生堂アートエッグ入選(2021) 初長編映画『ガーデンアパート』(テアトル新宿を皮切りに全国劇場公開)東京藝術大学の卒業制作『忘却の先駆者』がロッテルダム国際映画祭に二作同時選出(2019)また、英BBCテレビ放映作品『狂気の管理人』(2019)を監督。

Contemporary Art Foundation