INTERVIEW

Artists #12 スクリプカリウ落合安奈

10月24日(土)より埼玉県立近代美術館にて、スクリプカリウ落合安奈さんの個展が開催されています。
 落合さんはCAF賞2018(https://gendai-art.org/caf_single/caf2018/)で入選、現在は東京藝術大学大学院彫刻専攻博士課程に在籍しながら国内外で作品を発表されています。
ご自身のルーツである日本とルーマニア、2つの母国に根を下ろす方法の模索をきっかけに、「土地と人の結びつき」というテーマを持ち、国内外各地で土着の祭や民間信仰などの文化人類学的なフィールドワークを重ね、インスタレーション、写真、映像、絵画などマルチメディアな作品を制作しています。落合さんに本展からご経歴についてまでお話を伺いました。


--落合さんは現在東京藝術大学大学院博士課程にご在籍中ですね。博士課程の今は彫刻を専攻していらっしゃいますが、学部では絵画科油画専攻、大学院修士課程ではグローバルアートプラクティス専攻にご在籍でした。大学の専攻のジャンルも幅広く横断されていらっしゃいますが、このステップを踏まれたのはなぜでしょうか。

落合:言葉で言えないことが絵であれば伝えられたり、自分が描いた絵を褒められる機会がとても多かったり、人に喜んでもらえたりもするので、絵が昔から好きでした。今思えば、言葉で何かを伝えることが苦手な分、絵は自分と社会を繋げてくれる大切なもの、という意識が芽生えるきっかけがそういうことの積み重ねの中にありました。日本の一般的な美術教育の中では油絵はなかなか描かせてもらえず、少なくとも私は経験する機会に恵まれなくて、ずっと油絵具を触ってみたいという気持ちがありました。美術予備校に通い出したとき「油絵具に触ってみたい」と言ったら「じゃあ油絵科に行きなさい」ということでそのまま油絵のクラスに行きました(笑)そもそも、高校3年生くらいの時に、自分が表現の中で何をやりたいかとかははっきりとはわからなくて、それであれば間口が広くて何をしても許されるところに行きたいと思い、それが絵画科油画専攻だったので進んでみた、という経緯です。最初に絵画科油画専攻を選んだのは<一番自由だった>からです(笑)

--美術予備校生の当時はどんな作品を作られていましたか。

落合:当時はシュルレアリスム的な絵を描いていたりしました。そこを原点としてコンセプトありきの作品に移り変わってきているので、自分の中では間違ってはいない出発点だと思います。そこから藝大の現役学生の先生の指導も入って方向を転換していき、だんだんとコンセプトを磨いて絵を描くようになっていったんですが、ある時「別に絵でなくてもいいな」と思うようになったんです。絵よりも他のメディアでやってみたい、と。なので一浪の途中からはインスタレーションを作るつもりで絵画を描く、みたいなことをしていました。そのときに<レイヤー>や<線>に興味を持ち始めて、特に日本画の中に見られる豊かな線の表現に影響を受けました。西洋的なパースペクティブではなく、日本画でみられる微妙な濃淡の関係性や線の強弱によって生まれる絵画空間がたまらなく好きです。昨年発表した《mirrors》という作品はかなり日本画の影響も受けていると思います。

<mirrors>
2020 / キャンバスに墨、アクリル / 37.9cm × 45.5cm

--絵画科油画専攻ご在籍時から絵画・油絵に限らない形でご自身の作品を見つめられていらっしゃったんですね。そこから大学院は同大学グローバルアートプラクティス専攻(以下GAP)へ進まれたのは、制作の幅をより広げるという意味があったんでしょうか。

落合:GAP専攻自体設立されたのが私が進んだ年だったので、まだかなり若い専攻で、私は一期生でした。大学院に進むにあたって留学なども視野に入れていろいろと考えましたが、留学するにしては語学能力が足りないと感じました。特に学部時代にリサーチへ行った海外で、もっと知識を深めたいと思っても資料が読めなかったり、知りたいのに知れないといったストレスがあって、このままもし海外に留学するとしても、知識も経験も浅いまま過ごすことになってしまうのではと危惧しました。同時に日本についても知っているつもりであまりに多くのことを知らなかったことに気づき、それでいて研究対象としてとても日本への関心が自分の中で高まっていたので、今日本を離れるのも違うなと思い、まずは日本国内で日本や世界について知識や議論を深める場所が欲しいと思い探していたところ、このGAP専攻が最も自分の進路に適していると思ったんです。GAPに入学すると授業は全て英語で行われるので、ほとんどついていけず最初はボロボロだったんですが(笑)、それではいけないとフィリピンに短期の語学留学をしました。その留学を経て<英語を話すことへのためらい>みたいなものが取り払われ、発音が汚くても伝えることが重要と理解することができました。そこからは英語との付き合いも変わりました。GAPのカリキュラムの中に海外の大学生との交流の機会もあって、私はフランス・パリにある<エコール・デ・ボザール>という美術大学との交流プロジェクトに参加しました。そのプロジェクトの中ではフランスのシャンボール城というところで滞在制作をする機会があったんです。シャンボール城を含むロワール渓谷一帯が世界遺産で、夜はイノシシが駆け巡るような森に囲まれています。公共交通機関も近くにないので陸の孤島のような状態です。そういったところで、ボザールと藝大の学生が共同で生活しながらコラボレーションして制作をしていくわけですが、制作はうまくいっても、生活が難しいことがあって、異文化を感じることがありました。フランスは食事の後に団欒の時間があって、その時間を大事にする習慣があるようなのですが、私は自分の大きな作品を作るのに時間が足りなかったり、慣れない土地で体調を崩してしまったりで、食事の後は部屋に戻っていたんです。それが一部の人にとってあまりよく思われなくて、途中からなるべく努力して、作業場所をみんながいる広間に移したりその輪に入るようにしたんですが、なかなか異文化の中での生活は上手くいかないものだなと感じました。これは、表面的な付き合いではなく、共同生活であったからこそ体感した摩擦とも言えると思います。現在は貴重な経験だったとも捉えています。結局GAPには3年間在籍しました。祭りや行事は最短でも1年周期という場合が多いので、修了制作に本格的に取り組み始める2年生の1年間だけだとどうしても日本のリサーチしかできないと思い、決心して1年伸ばし、その1年でルーマニアのリサーチを行いました。その経験も今、深くいろいろな作品に生かされています。

<Blessing beyound the borders>
2019 / インスタレーションの一部

--そこから、博士課程は彫刻専攻に進まれたんですね。

落合:この展示の作品を見ていただいてもわかると思いますが、大型の作品となってくると、技術的に安全に展示する、ということがとても難しくなります。重力に逆らうような、<吊る>作品が私には多いので、もともと学部の途中から作品の技術の面で重力について考察を重ねる彫刻専攻で学ぶことも良いのではと考えていました。その上、自分は作品ごとにメディアの変化も多く、様々な素材の取り扱いについても知識を深めたいと思いました。

<Blessing beyound the borders -越境する祝福->
2019 / インスタレーション / サイズ可変

--全てご自身の知識や経験となるステップを着実に踏まれていらっしゃいますね。

落合:言われてみればそうですね(笑)私は必要なところに取りに行く、と言った意識が強いんだと思います。

--今回の埼玉県立近代美術館での個展はどういった経緯で開催されたのでしょうか。

五味(埼玉県立近代美術館学芸員):埼玉県立近代美術館では年に一回、「アーティスト・プロジェクト#2.0」という枠で、これまでのMOMASコレクションや企画展の枠を超えて、現在活躍しているアーティストを自由に紹介する展示プログラムを行なっています。当館の学芸員がそれぞれ注目しているアーティストやグループ(コレクティブ)を推薦するような形で、毎年一組採択しており、この5年ほど連続してシリーズで開催しています。今年は私が担当しており、この枠で紹介するのであれば、かねてからご活躍に注目していた落合さんにぜひお願いできないかと思い、昨年お声がけさせていただいた次第です。

--今回の個展もご自身が制作活動を行うにあたってテーマにされている<土地と人の結びつき>から発展された作品をご出展されています。そのテーマは落合さんご自身のバックグランドから生まれた過程があるのではと思いますが、そのテーマにフォーカスを当てたのはなぜだったのでしょうか。

落合:いろいろな要素が合わさってこのテーマにたどり着いているので、ちょっと説明が長くなってしまうのですが、きっかけとしてまず挙げられるのは、藝大油絵専攻の学部3年生の時に、石橋財団からいただいた国際交流の機会が大きかったです。関心のある国を自由に選んで2ヶ月ほどのリサーチの予算を助成していただけるというものでした。私は3回目に選んでいただきました。行き先にはまず、アジアとヨーロッパの合流地という意味でトルコを選びました。それに加えて、民族的な迫害の歴史<ホロコースト>と、東西に国が分けられてしまった<ベルリンの壁>などもリサーチを行いたく、ドイツとポーランド、イギリスの4ヵ国に2ヶ月間、一人でリサーチの旅に行きました。学校単位の修学旅行などで行くのではなく、自分一人で何にも守られない状態で土地をさまようといった体験や、世界中で起きている問題を肌で直に感じる機会を得ることができました。そこでの体験はとても大きかったです。

藝大油絵科に入ってからは、私は主に自分のルーツを起点に考えて作品にしており、インスタレーション作品を作ることに励んでいました。ただ作った後の講評会や展示の機会で、鑑賞者にあまり自分の伝えたいことが伝わっていないような感じがしました。日本に生まれたミックスルーツを背景に持つ人が抱える問題が、社会問題としてあまり認知されておらず、作品で問題を伝えようと試みても、思うように理解が得られ難いという状況で、自分の思いが空振りのような気がして、辛い時期がありました。より人に伝わるにはどうしたら良いだろうと、一時期は<身体と精神の関係性>という、一歩引いて抽象化したようなテーマにフォーカスをずらし制作をしていましたが、これも思うようにいかず、ますます作品が空虚なものになってしまいました。その時に、やはり私は自分自身のバックグラウンドである、<日本とルーマニア>という2つのルーツに向き合わないと、この先作品が作れなくなってしまうと気づきました。それで10数年ぶりに、学部3年生の時に「ルーマニアに行こう」と決心し、ルーマニアの地へ足を伸ばしました。自分の意志でルーマニアに行くのは、この時が初めてでした。ルーマニアでは親族・父親にも10数年ぶりに再会して、温かい歓迎を受けとても嬉しかったのですが、自分はルーマニア語が話せなくて親族から「あなたはルーマニア人なんだからルーマニア語が話せないとダメだよ」と言われ、傷つくこともありました。自分が一歩ずつ向き合っていきたいと前向きな気持ちでいたところを否定されてしまったような、足りない部分を指摘されてしまったような悲しいことでした。ただ、やはり現地に行ったことによって、もう一つの祖国に自ら向き合ったことで、<2つの祖国に根を下ろしたい>という気持ちが強く芽生え、自分の中で意識が大きく変わったのを感じました。

<祖国に根を下ろす>とは人間にとって何を意味し、どうやったら実現できるのか?その足がかりとして、日本とルーマニア両国の各地を巡り<土着の信仰>や<祭り>、<祈りや儀式>というものをリサーチし始めました。そういったものには土地の哲学が凝縮されているものだと感じ、実際に各地へ赴きリサーチを進め、不思議に思う部分についてその土地の人と対話していくことで土地の哲学が徐々に紐解かれ、その中に自分の根を下ろしていけるのではないかと考えたのです。

それまではどちらかの国の人間にならなくてはいけないという、いわゆる<アイデンティティクライシス>に近いものを体験してきました。日本で初対面の方に悪気なく「ハーフですか?」と聞かれ、英語で話しかけられたり、外国人として扱われるという経験が少しずつ積み重なって、<一般的な日本人とは違う存在>として切り離されているような経験をし、「どちらかの国の人間にならなくては」という強迫観念のような思いがずっと私につきまとっていました。リサーチを進めるにつれ、<母国内でもよそ者として扱われることのある自分>が<リトマス紙>として各地のコミュニティに入っていく中で、一つの国の中にも多様なコミュニティーが存在することを実感しました。そして、土地と人が強く結びついていることも、その逆も、共にプラスな面とマイナスな面の両方を持つのではないかと感じ始めました。

また旅路の中で、親切にしてくれた人が、次の瞬間には特定の国の人を差別する発言をしていたり、差別された人が他の人を差別する「差別の連鎖」を目の当たりにしたり、歴史的に姿を変えながらも繰り返されてきたことを学んでいくことで、自分が幼い頃から気になっている<差別や偏見>といったものが<人間の現象の一つ>として冷静に分析する対象に、ある時から捉えられるようになりました。多くの人が差別の加害者にも被害者にもなりうるもので、自分も被害者だっただけでなく、加害者だった場面もあっただろうし、あるいは無意識で、気づかないうちに差別してしまっていたことが、私の過去に全くゼロではないと思い、そういったことを意識してくことはとても重要だと改めて気づかされました。誰もが生きやすい世界になるために、まずは自分自身が様々な人々や文化との出会いの体験を通して、そういった問題を緩和する方法を探っていきたいと思い、<土地と人の結びつき>は今でもフォーカスを当てている重要なテーマです。

--本展で発表している作品はどのような作品ですか。

落合:メインビジュアルにもなっているこの写真作品の島は、架空の島で、実際には存在しません。孤島に人が向かっているのか、孤島から人がこちらに向かってきているのか、どちらにも見えます。自分が長年テーマにしている<土地と人の結びつき>や、今回の個展タイトルである<越境する祝福>を代弁するような重要なイメージとして入り口にこの写真作品を展示しています。他には、3つのインスタレーション作品と、1つの映像作品を出展しています。この中で一番昔から取り組んでいるものは、トルコで制作をした《The backside over there》という作品です。

<The backside over there>
2015〜 / インスタレーション、額装写真6点と木製の壁にイメージ張り込み / 200cm×200cm×50cm(海の壁のサイズ)

トルコのイスタンブールでは夕方になると、人々が海辺に集まっていきます。音楽を奏でている人や、携帯で誰かと電話している人など様々な方がそれぞれの過ごし方をしていて、その様子を撮りたいという気持ちになり、カメラを向けたんです。望遠で海に向かう後ろ姿の人物と海を撮ったんですが、写真を見ると人の前に海が壁のように立ち上がって見えました。海には人の移動を阻む壁のような側面と、出会うはずがなかった種などを潮流によって届け出会わせる繋ぐ側面と、相反する二面を持っていると感じてきました。それが急に、写真を撮ったことでビジュアルとして立ち上がり、そこからヒントを得てこの作品を作りました。海の写真を引き延ばした2m×2m×50cmの壁を設置し、その前で鑑賞者が写真を撮ると、実際に海の前にいるような写真が出来上がる作品を作りました。イメージ上で時間や場所を超えて繋がっていける作品です。〈壁〉でありながら〈つながりを生む〉というところが重要だと考えています。今まで国内のいろいろな場所で発表させていただきましたが、今後も国内外問わず世界各地でライフワークとして続けていきたいプロジェクトです。また、2019年に制作した、今回の展覧会のタイトルにもなっている《Blessing beyond the borders -越境する祝福-》という作品もこの個展に出展しています。この作品は2重螺旋構造で吊った布で動線を作り、鑑賞者は布に沿って進んでいく体験型の作品です。上から吊って浮かんでいるような形になっている布の片側には日本で撮影したお祭り、もう片側にはルーマニアで撮影した同じく土着の祭りや儀式の写真を転写し、照明を通して透けて重なり合う仕様になっています。この作品は昨年、藝大の修了展とクマ財団が主催したスパイラルの展示に出展したんですが、いずれもインストールした際の場所の条件が大きく異なり、展示方法について様々なことを考察する機会になりました。修了展の時は暗闇の中での表現にこだわったこともあって、転写した写真が見えにくいと言われることがあり、写真をもっと見たいと言われたんです。ただ私は、人間として現代社会の中で閉じられているプリミティブな感覚を開くような体験を生むことが作品にとって重要だと考えていたので、目を凝らして、暗闇に目が慣れてやっと見える、くらいの光で鑑賞してほしかったり。一方スパイラルでの展示では、多くの方に鑑賞していただきたいという強い思いもあって、逆に自然光が天窓から降り注ぐ明るいメインステージのスペースにインストールをすることとなりました。写真はよく見えたんですが、計画当初から懸念していた通り、作品の展示構造が見えすぎて没入感が弱くなってしまいました。ただそこで気づきがあって、太陽に雲がかかった時に一瞬暗くなって布の写真の見え方が変わったんです。雲が連続して太陽に差し掛かると暗転を繰り返し、自分の作品が<自然>に呼応しているようで、とても良いなと思ったんです。この2つの経験があって、今回の展示では新しい試みに挑戦しました。暗室の中に上から吊るしている電球を、呼吸するように明滅する仕様にしました。とてもゆっくり繰り返しているんですが、太陽と雲の関係のように、柔らかく変化が起こるようにしています。その光自体が大地と繋がるような、今までで一番良い見せ方になったと思います。

<Blessing beyond the borders -越境する祝福->
2019 / インスタレーション / サイズ可変

--実際今回も拝見させていただいて、場内に流れるサウンドの効果もあってか、心臓・体内に向かっているような神秘的な体験をしたように思います。お話の中では修了展の際は<目を凝らして、暗闇で目を慣らしてやっと見える、くらいの光で見て欲しかった>とおっしゃっていましたが、詳しくはどういうことなんでしょうか。

落合:「写真が浮かび上がって欲しい」が正解かもしれないです。2重螺旋の布の両面にはどちらも日本とルーマニアの土着の景色が写真に映し出されていて、それが重なり合う形で見ていただきたいのです。写真を見て欲しいのではなく、体験をして欲しいんです。私にとっては2ヵ国とも祖国なので密接な関わりがあるんですが、鑑賞者にとっては一見関係性の見出しにくい2つの遠く離れた景色なわけで、その2つが重なり合って見えてくる光景が異なるものの出会い方としては良いのではと思っています。それぞれを正面から突き合わせるように<出会う>としてしまうと、摩擦が起きるような気がして、そうではない良いやり方を考えた時に<重ねる>ということが良いなと。CAF賞2018で出展させていただいた《KOTOHOGI》という、大きな本型のインスタレーション作品があるんですが、あれが<重なる>という出会い方を考える事のきっかけになっている作品でもあります。あの作品は30枚のイメージの中に日本とルーマニアの土着の景色を切り取った写真があって、1ページずつ完全に見開ける形でできている本なので1枚の写真としても見ることができるんです。あれは40kgの重量がある作品で、本をめくるというよりも、鑑賞者は1ページずつ扉を開ける様な設えになっています。

<KOTOHOGI>
2018 / Installation of photo book / 70cm × 100cm, P30, 45kg

撮影:川瀬一絵 
写真提供 : スパイラル/株式会社ワコールアートセンター

イメージには両国の火や水のお祭りなどが収録されていて、ページをめくるごとにどちらがどちらの国なのかわからなくなる体験ができます。一方で人物の衣装が明らかに違うなど文化の違いから派生する差異も包括しており、その差異も<壁>として立ちはだかるのでなく、魅力的なものとして現れてくる様な形を意識して作成しました。この作品の形は私はとても好きなのですが、それで終わらせてしまうだけでなく、空間にあの様な体験を生みたいと思って、螺旋の作品に発展していった、という感じです。本の作品では鑑賞者の<記憶>が重なりあっていくわけですが、螺旋の作品では<体験>が重なっていくんです。螺旋の作品は音もとても重要な要素で、各地で録ってきた音を、編むような形で自分でミックスし場内に流しています。お祭りや儀式の音を引き延ばしたり早めたり加工をして時間を歪ませるような意識で重ね合わせて作っています。今回は自分が生まれた土地でもあり、この美術館が建つ土地でもある<埼玉県>にフォーカスを当て、コロナ禍の厳しい状況の中で許可をいただいた埼玉各所で行われるお祭りへ取材に行きました。自分の足元が見えていなかったというか、埼玉のお祭りはここ数年のリサーチの中ではほとんど行ったことがなくて、この展示のおかげで自分自身の足元を見つめなおす機会をいただきました。

次の作品は《骨を、埋める - one’s final home》という作品です。昨年2019年にベトナムのホイアンという土地でレジデンシー・プログラムに参加しました。その地でたまたまだったんですが、江戸時代の朱印船貿易の日本商人の方のお墓がホイアンに建っていると知りました。レジデンスの前にホイアンに一度下見に行った際に、インターネットでふと目にした<日本商人のお墓>というのが気になって、行ってみることにしたんです。道中とても長く片道1時間ほどかけて向かったのですが、旧市街から外れ一面田んぼだらけの田舎の風景に変わり、さらに進むと人が一人やっと通れる程度の畦道が出てきました。周りの畑にはホイアンの人々の食卓に並ぶであろう食物が植わっていて、鳥や魚やカエルが私からは見えないところで逃げていく様な音が聞こえるんです。そうするとそのうちポツンとお墓が見えてきます。その場所は、たくさんのホイアンの命に囲まれていました。その景色に心がとても動かされました。そしてそのお墓は、日本のあるであろう方角・北東10度の方に向いて建てられていると言われています。自分が生まれた国ではない土地に自分の骨を埋め、約400年も前から建ち続けていることが、私がテーマとする<2つの祖国に根を下ろす>ことや<土地と人の結びつき>ということに非常にリンクすると感じ、この作品が生まれました。残念ながら、このお墓の主である日本商人の詳細な資料が残っておらず、お墓が建っている理由はいろいろな言い伝えがあるようです。彼にはホイアンに婚約者がいたけれど、江戸時代の鎖国政策によって強制的に日本に帰国させられてしまう。しかしあらゆる方法を試してなんとかベトナム・ホイアンに戻って婚約者に再会するが、病死してしまうとか、船が転覆してしまうとか、諸説あるようです。

<骨を、うめる  -  ones final home>
2019 / ビデオインスタレーション / サイズ可変

--少し立ち返ってしまうんですが、ホイアンのレジデンシー・プログラムに参加されたきっかけはなんだったんでしょうか。

落合:アートコレクティブ<レジデンス・プロジェクト>というものがあって、招待作家の枠で呼んでいただきました。ホイアンで展示した場所が重要文化財の建築物だったんですが、その中で北東に向いた窓があって、そこにカーテンをとりつけた作品を発表しました。先ほどお話ししたお墓の向く方角にさらに道を進み続けると眼前には海が広がりました。最後地面が途切れた時に見えたこの景色が、このカーテンに投影されている海の景色だったんです。この水平線のずっと向こうまで行くと、日本にたどり着くのかなと。カーテンをつけた理由は、かつて日本からこの地へ朱印船を送り届けたであろう北東から吹く風を可視化することで体で感じられるようにしたかったからです。そして、窓から入ってくる風をカーテンが受けると、投影されている海の映像と波打つ感じが合わさったりほどけたりを繰り返します。そのカーテンの手前にはホイアンで見つけた古い椅子を置いているんですが、様々な受け取り方の一つとして、これはお墓のメタファーでもあり、人の不在を象徴するものとして、その方角を向いている作品の重要な構成要素の一部となっています。今回の展示ではこの椅子が古くて脆いため座れないのですが、この椅子に座って作品を鑑賞すると、まるで自分がお墓になったかのような体験もすることができます。この《骨を、埋める - one’s final home》の作品を昨年東京のnap galleryで展示させていただいた際に、ベトナムで展示したサイトスペシフィックな状態のままホワイトキューブに持ち込ので成立させるのは難しいと考え、<渾天儀(コンテンギ)>に着想を得た作品を作ることにしたんです。渾天儀とは、古くから天体の位置を観測するために作られたものです。この作品は<方角>がとても大事な要素なので、コンパスのようなものを作品に持ち込みたいと思ったんです。ただ、古い木製のコンパスを入手したのですが、それをそのままインストールするんじゃあまりにも直接的すぎると思ったので、もっと体感的に位置を感じられるような渾天儀をモチーフに選びました。この渾天儀に光をあてることでできる影の中に鑑賞者が立つことで、自分自身の位置の意識や無意識的な帰属意識に気づくような体験が生み出せたらと思っています。これが本展に出している最後の作品です。

<骨を、うめる  -  ones final home>
2019 / モーター、ライト、透明アクリル、芯棒 / サイズ可変

--今回の展覧会は、ご自身のキャリアの中でどのような位置づけ、どのようなインパクトがあると思いますか?

落合:美術館で個展を開催するのはこの埼玉県立近代美術館が初めてなので、とても大事な機会になりました。こんなに早く美術館で個展ができるとは思っていなくて、自分が地道に続けてきた活動を見ていてくださる方がいらっしゃったんだと知ることができ、とてもありがたい気持ちです。そして、こうして見ていてくださる方がいるからこそ、もっと活動を頑張ろうという気持ちになります。さっき作品を紹介する中でお話にあげるのを忘れてしまったんですが、展示室入り口のスロープのところに映像作品があります。《骨を、埋める - one’s final home》の続きのような作品です。お墓の主は長崎県の平戸出身だったと墓に刻まれており、彼の生まれたその土地に行ってみたいと、ホイアンにいる時から強く感じていました。あの作品を本当の意味で完成させるために、この夏、平戸にリサーチへ行きました。国策や人が作り上げる壁に抗って、ホイアンにいる婚約者に会いに行く、という墓の主の想いの強さに重要な意味を感じ、今まで私がテーマとしている<土地と人の結びつき>とも連結させるような形で、<鎖国と国際結婚>というテーマでリサーチを行ないました。平戸は様々な歴史的国際結婚の話が残されています。かつて日本では鎖国政策の一環で外国人と結婚していた女性や私のようなミックスルーツの子供40名ほどを、インドネシアのジャカルタに島流しにして、一生帰国を許さなかったという悲しい事が起こったそうで、そのことがあった事実や望郷の念を象徴する<じゃがたら娘像>という像が平戸の港にあります。その像を新作の映像に織り交ぜました。実際その追放された人々は文通は許されていたそうで、「日本恋しや」といった言葉を、パッチワークのような、布を張り合わせたようなものに書き残したものが平戸に現存しています。おそらく紙だと破けてしまったりするので布にしたんだろうと現地の人に伺いました。あの映像は最後、平戸の海からホイアンの方角を見た映像に、ホイアンの海から平戸の方角を見た映像が重なり、そしてまたホイアンから平戸の方角を眼差す海の映像から始まるという円環の作品です。《Double horizon》というタイトルなんですが、これから自分がいろいろな視点で<土地と人の結びつき>をテーマに制作を続けていく上で、とても重要な作品をここで発表できました。今回の個展は、私のこれまでとこれからを重ねることができた集大成と言える展覧会になっていると言えます。

<Double horizon>
2020 / ループ映像

--<鎖国>という言葉が出てくる中で、この1年のコロナウイルスにおける世界各国の状況というのは、ある意味<鎖国>状態と言えます。そういった状況下で、落合さんの制作に向き合う姿勢や、生活はどのような変化がありましたか。

落合:いろいろな変化がありました。アーティストという職業柄、特に自分のようなタイプの制作スタイルだと国内外様々なところへ訪れてリサーチを行うわけですが、実際に作品を作る時間などは室内にこもるので、<家から出てはいけない>という状況は個人的にはそれほど辛くはないだろうと当初は思っていました。ただ、来年はルーマニアに1年間いく予定を立てていたのですが難しくなってしまったり、この個展ももしかすると開催できないかもしれないという連絡も受けたりして将来について不安に思ってしまったり、だんだんと夜に眠れなくなってしまったり精神的に参ってしまった時もありました。その状況から抜け出そうと、眠るために運動を始めたんですが、走っている時に家の近くに森を見つけ、そこに通う内に自然の移ろいから家の中の時計では感じられない時間の変化を感じ、土の匂いや数メートルおきに入れ替わる草木の香りを敏感に感じとり、体が子供の時に起き忘れてきたものを取り戻したような感覚がありました。世界中の時間が止まったので、だからこそ取り戻せたものもあったように思います。

あとは、今年の2月の終わりから3月いっぱい、銀座蔦屋書店さんで展示をさせていただきました。その展示ではメイン作品に、古い写真に写る人物の頭部にビニールを縫い付けている《明滅する輪郭》という2015年からのシリーズの新作を出展したのですが、<呼吸による人々のつながり>をテーマにしていた作品でした。そして展示期間はちょうど、日本のコロナウイルスの感染拡大が急速に広まっていく時期で、その状況を図って制作した作品ではありませんでしたが、道ゆく人から「コロナ」と指さされたりして、自分の作品の意味もどんどん変わっていき、作品が独りでに、社会につながっていく様子を目の当たりにしました。過去には、これもまた偶然でしたが、あの作品を最初に発表した2015年当時ISの問題があり、イスラム過激派組織によって捕らえられた人質が頭部に袋を被せられたことを模した作品ではないか、と言われたこともあって、社会的な大きな事件と図らずも連動してしまう作品でした。この作品は、普段は意識することがない、<呼吸によって過去現在未来、時間や空間を越えて人々が成分の交換して繋がっている>ということを改めて意識するための作品でした。図らずも今は、世界的にほぼ全ての人が<呼吸>について意識せざるを得ないという状況に置かれています。繋がりのラインに新型コロナウイルスが乗ってしまった事で、繋がり自体が脅威と捉えられてしまうかもしれませんが、このパンデミックが収まっていった後に、自分が作ったこの作品に込めた、繋がりの持つポジティブな解釈がもう一度意味を持ってくるのではないかと思っています。

--この展覧会の他に展示の予定があればお知らせください。

落合:現在、この個展と同時に、ルーマニア・ブカレストの国立現代美術館で<Y.A.C. RESULTS 2020>というグループ展にも参加させていただいております。これはルーマニアの若手アーティストを発掘する目的の展覧会で採択していただいて、インスタレーション作品を発表しています。今はパンデミックがあるためなかなか国外には足が向きませんが、この混乱がなければどんどん世界にも出ていきたいと思っていたので、今できることをやりつつ、国内外の美術館やギャラリーで展示をしていくチャンスを掴んでいこうと思っています。自分の作品としてもいろいろな土地で様々な方に見ていただくことが重要だと思っているので、精力的に活動していきたいです。いつかヴェネチアビエンナーレに自分の作品を出展することが目標です!

<明滅する輪郭>
2020 / ラムダプリントにビニールを縫製、プリントサイズ:99.8cm × 71.6cm × 3cm, 100.4cm × 71.5cm × 30cm
2015年からのシリーズの新作

Photo by Kotetsu Nakazato


開催概要

タイトル:アーティスト・プロジェクト#2.05 スクリプカリウ落合安奈《Blessing beyond the borders - 越境する祝福 -》
会期:2020年10月24日(土) ~ 2021年2月7日(日)10:00 ~ 17:30 *展示室への入場は17:00まで
休館日:月曜日(11月23日及び1月11日は開館)及び12月28日(月)〜1月5日(火)
会場:埼玉県立近代美術館(埼玉県さいたま市浦和区常盤9-30-1)
https://pref.spec.ed.jp/momas/artistproject205

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スクリプカリウ落合 安奈 | Ana Scripcariu-OCHIAI

1992  埼玉県生まれ
2016  東京藝術大学 美術学部 絵画科 油画専攻 卒業(首席・学部総代)
2019     東京藝術大学 大学院 美術研究科 修士課程 グローバルアートプラクティス専攻 卒業
2019-       東京藝術大学 博士後期課程 美術研究科 美術専攻 彫刻 在籍
 
主な個展
2020 アーティスト・プロジェクト#2.05「Blessing beyond the borders- 越境する祝福 -」埼玉県立近代美術館(埼玉)、「Imagine opposite shore ― 対岸を想う」銀座蔦屋書店・GINZA SIX(東京)
2019 「骨を、うめる / ones final home 」nap gallery(東京)、「mirrors」Bambinart Gallery(東京)
2018 「明滅する輪郭」Bambinart Gallery(東京)
2017 「trance」Bambinart Gallery(東京)

主なグループ展
2020 「ENCOUNTERS」ANB Tokyo(東京)、「Y.A.C. RESULTS 2020」National Museum Contemporary Art 国立現代美術館 (ルーマニア)、「ブレイク前夜×代官山ヒルサイドテラス時代を突っ走れ! 小山登美夫セレクションのアーティスト38人」代官山ヒルサイドテラス(東京)、「Y - generation artists」銀座蔦屋書店 GINZA ATRIUM・GINZA SIX (東京)
2019 都美セレクショングループ展2019 『星座を想像するように-過去、現在、未来』東京都美術館(東京)、「Bridge」ホイアン(ベトナム・世界遺産)、「KUMA EXHIBITION 2019」SPIRAL(東京)、「コミテコルベール アワード 2019-令和:新しい時代-展」東京藝術大学美術館(東京)、「3331 ART FAIR 2019」アーツ千代田3331・メインギャラリー(東京)
2018 「CAF賞2018(Contemporary Art Foundation Award)入選作品展覧会」代官山ヒルサイドテラス・ヒルサイドフォーラム(東京)、「Ascending Art Annual Vol.2 まつり、まつる」ワコールスタディーホール京都(京都)、「Ascending Art Annual Vol.2 まつり、まつる」SPIRAL(東京)、「ブレイク前夜〜次世代の芸術家たち〜」Bunkamura Gallery(東京)「KUMA EXHIBITION 2018」SPIRAL(東京)
2017 「石橋財団国際交流油画奨学生展覧会」東京藝術大学陳列館(東京)「逗子アートフェスティバル」 逗子市内各所(神奈川)「インヴィジブル:二重螺旋のあいだ」シャンボール城(フランス・世界遺産)
2016 「国際交流作品展2016 International Exchange Exhibition」大邱大学(韓国)、「東京藝術大学韓日学生交流展Challenge Art in Japan2016 ―環状の岸辺―」駐日韓国大使館韓国文化院(東京)

賞歴
2020 「Forbes Japan 30 UNDER 30 」受賞、「Y.A.C. RESULTS 2020」受賞 SWITCHLAB / ルーマニア
2019 「コミテコルベール アワード 2019」ファイナリスト
2018 「CAF賞2018(Contemporary Art Foundation Award)」ファイナリスト  
2017 「第7回 新鋭作家展 」ファイナリスト 川口市立アートギャラリー・アトリア(埼玉)
2016 「平成27年度東京芸術大学美術学部全専攻」首席総代、「平成27年度東京芸術大学卒業制作・油画専攻」首席・買上賞
2015 「上野芸友賞」受賞

助成
2020 「DMM. make AKIBA スカラシップメンバー」
2019 「日本文化藝術奨学生」公益財団法人 日本文化藝術財団、「DMM. make AKIBA スカラシップメンバー」
2018 「クマ財団 第2期奨学生」(継続支援)
2017 「クマ財団 第1期奨学生」
2015 「平成27年度 石橋財団 国際交流 油画奨学生」

レジデンス
2019 「Residence project 」ホイアン(べトナム・世界遺産)

収蔵
2016 「It is the furthest = It is the nearest」東京藝術大学大学美術館

Contemporary Art Foundation