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金沢寿美 個展「あの日を受けとる」

この度、現代芸術振興財団は、当財団主催のアートアワードCAFAA賞2020-2021 最優秀賞受賞者、金沢寿美による個展「あの日を受けとる」を開催いたします。

金沢はこれまで作品を通して、人間の「個人は唯一無二の存在である一方、集団の一部に過ぎない」という永遠の矛盾について問い続けてきました。
作品を作る上で、戦前に済州島から海を渡り日本へやってきた祖父母を始め、両親、彼女自身と百年近く移民として生き、育ってきた環境が彼女に大きな示唆を与えてきたといいます。彼らは、対立する国家や民族に翻弄される中で、自分たちの居場所として“どちらでもない場所’'を築いてきました。そこから見える景色は人間の複雑で多様な表情を彼女に見せてくれました。
金沢は自身の経験をもとに、個と集団、その両者を行き来するようにして生まれる“間にある世界’'を壮大なインスタレーションによって表現しています。
近年は、新聞紙の一部を残して鉛筆で塗りつぶしたものをつなぎ合わせたインスタレーションに取り組んできました。今回、この「新聞紙のドローイング」を長く制作しきた中で気づいたある感覚をもとに、そこから派生した新しいドローイングによるインスタレーション作品を展示します。

個展に際し、以下に金沢の文章を掲載します。

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「あの日を受けとる」

息子がお腹の中にいた頃、私は家で「新聞紙のドローイング」という作品を作り始めました。読み終わった新聞紙の中から一枚を選んで、10Bの鉛筆で紙面を消すように描いていくドローイングです。この作品を続けていく中で、しばらくして私はもう一つのドローイングに出会います。

ある日の朝、いつものように新聞を取りに玄関へ向かいました。昨日の夜の暑さを引きずった生ぬるい空気の中でポストに手を伸ばしながら、ふとあることに気づきました。それは新聞を読む前から、何が書かれていて、どんなイメージが載っているのか、私にはもうすでにわかっている、ということでした。私が手にしたのは、8月6日の日の新聞でした。普通に考えれば当然のことですが、新聞紙を塗りながら時間について考えていた私は、少しだけ自分が未来から来た人間のような錯覚を覚えました。

何気ないこの小さな体験から、もう一つのドローイングはスタートしました。私は、毎年8月6日から10日にかけて、原爆に関する記事が載った新聞の見開きの上に、今日の空を描いています。新聞紙を頭の上にかざして、空の色を染み込ませるようなイメージです。

「今日はあの日ですね」という言葉のやりとりが当たり前のようにある社会の中で、私は生きてきました。私は死ぬまでこの美しい空を描き続けられるだろうか?メディアは過去の歴史をずっと報じ続けるだろうか?人類は同じ過ちを繰り返してしまうのだろうか?

アトリエで新聞紙の上に色を重ねていると、ある研究者の言葉が私の目に入ってきました。彼はフランスの哲学者の言葉を引用しながら、「地球をリンゴだとするならば、私たちがいる場所はリンゴの皮の中であり、私たちは地球の表層数キロメートルの薄膜の内部で生きている」と語っていました。私はこの薄い水色の膜のなかで、生まれて、誰かを愛し、死んでいくのかと想像しました。そして、目の前で遊ぶ9歳になった息子をじっと眺めていました。

十年後、二十年後、これから描く数百枚のドローイングで覆われた水色の空間を想像しながら、祈りにも似た気持ちで今日の一枚を描いています。

金沢寿美

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<展覧会概要>
金沢寿美 個展 「あの日を受けとる」
会期:2025年11月5日(水)-12月26日(金)
開廊時間:会期中の木・金・土、12:00-19:00(日・月・火・水・祝休廊)
会場:現代芸術振興財団(東京都港区六本木6-6-9 ピラミデビル4階)



展示風景

展示風景

展示風景

《No.09082022》2022/545mm×810mm/新聞紙、Photo by Shintaro Abe

《No.07082021》2021/545mm×810mm/新聞紙、Photo by Shintaro Abe

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金沢寿美|Sumi KANAZAWA

1979年兵庫県生まれ。
2005年京都精華大学大学院芸術研究科修士課程修了。
2020年にCAFAA賞2020-2021で最優秀賞を受賞し、2023年、英ロンドンのデルフィナ財団のアーティストインレジデンスに参加。
近年の主な展覧会に、「越後妻有トリエンナーレ2024 枯木又プロジェクト」2024(旧枯木又小学校、新潟)、「FATHOM—塩田千春、金沢寿美、ソー・ソウエン」2023(京都精華大学ギャラリーTerra-S、京都)、個展「Erase and See」2023(大和日英基金大和ジャパンハウス、イギリス)、「地球がまわる音を聴く:パンデミック以降のウェルビーイング」2022(森美術館、東京)、「Beyond The Sun」2019(仁川アートプラットフォーム、韓国)など。

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金沢寿美、現在開催中の展覧会

「We, such fragile beings」PODO Museum、韓国
2025年8月9日-2026年8月8日 10:00〜18:00、火曜休館
https://en.podomuseum.com/we-such-fragile-beings

「Chronoscape 蓄積された時間、継続する行為」成安造形大学、滋賀
2025年10月10日-11月7日 11:00〜17:00、日・月 休館
https://artcenter.seian.ac.jp/exhibition/8050/

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CAFAA賞は現代芸術にかかわる、教育機関を卒業後10〜15年程度のアーティストを対象としたアートアワードで、2015年より実施しております。
現在はCAFRP (CAF・レジデンシー・プログラム)として、次なる世代の柱となる才能あるアーティストを選抜し、国際的に活躍するきっかけを提供することを目的に実施しています。

# ARTISTS CAFAA AWARD

Contemporary Art Foundation