INTERVIEW

Artists #26 大久保紗也

この度のアーティストインタビューでは、CAF賞2017(https://gendai-art.org/caf_single/caf2017/)にて白石正美審査員賞を受賞された大久保紗也さんをご紹介いたします。大久保さんは今年1月に三越コンテンポラリーギャラリーにて個展「We are defenseless. / We are aggressive. (無防備なわたしたち/攻撃的なわたしたち)」を開催されました。インタビューでは大久保さんの作品やご経歴についてお話を聞かせていただきました。

--大久保さんは大学院をご卒業された年のCAF賞2017にご応募くださいました。そこからWAITINGROOMにご所属されるまでの経緯はどのようなものだったのでしょうか?

大久保:最初はコレクターの小松隼也さんにWAITINGROOMギャラリーの芦川さんをご紹介していただきました。小松さんとは、大学院の生徒に向けた著作権についてのトークショーで大学に来られた際に初めてお会いしました。また当時、京都造形で職員をされていたアーティストの伊東宣明さんからのつながりもあり、卒業間際のもうすぐ作品を搬出するかというタイミングで芦川さんが大学の方に見にいらしてくださいました。その後、WAITINGROOMでのグループ展に参加して、個展のお話しをいただいて、所属という形になりました。

--大学の講義がきっかけで繋がりが広がったのですね。小さい頃から美大に入りたい、アーティストになりたいと思われていたのですか?

大久保:そうですね。よくある話ですが小さい頃から絵を描いていて、細々ともずっと続けていました。私は高1の終わりに学校をやめたのですが、本を読んだり、考えたり、散歩をしたり、そして絵を描いたりと今思えばすごく穏やかな、しかし切実な1年間がありました。その時はこのまま尼になろうかなと考えたりもしていたのですが、母親に京都造形芸術大学(現京都芸術大学)のオープンキャンパスに誘われて、私がその後大学院のゼミまでお世話になる東島毅さんにその時お会いしました。とてもファンキーな方で、こんな面白い人がいるならこの大学がいいなと思い美術工芸学科油画コースに入学しました。

--2017年から大久保さんの作品を拝見していますが、継続的に身体を描かれています。いつ頃から取り組まれているのでしょうか。

大久保:今の制作方法は大学院1年生が終わるくらいから続けています。それ以前は人の顔のみを描いていました。様々な人の顔を集めて、年齢や性別などカテゴライズできる情報がはっきりとは分からない、アノニマスな肖像を描いていました。

--学部生の頃から継続して人間の表層を描いているんですね。

大久保:私にとって最も違和感がある存在は、自分ではない他者の存在です。でも一番身近にいる。最も理解できないけれども近しいという、距離感のつかめなさや理解のできなさをずっとテーマにしているのかもしれません。

学生時代制作したアノニマスな肖像作品
『 inside, outside 』2015年/H1940×W1620mm/oil on canvas
©Saya Okubo, courtesy of the artist and WAITINGROOM

CAF賞2017応募作品
『His drawing drawing』2017年/H1829xW1320mm/パネル、綿布、アクリルペイント、オイルペイント
写真:木奥恵三

--では、描かれている人物はすべて他人になるのでしょうか。

大久保:そうですね。でも、自分をモチーフにした作品も一点だけあります。3年前に交通事故に遭ったのですが、飲酒運転の車に轢かれてしまい、やや大きな事故でした。運良く鎖骨を折ったのと、背骨にちょっとヒビが入っただけで済んだのですが、頭をフロントガラスに強く打ち付けてしまい、事故の瞬間の記憶が今も抜け落ちています。それなのに、事故後の一時期、車が体に当たった感触や、ボンネットに乗った感覚の夢を見ることがあって、それを思い出しながら描いたドローイングをモチーフにした絵が一枚だけあります。それ以外の作品は自分ではない他の誰かがモチーフになっています。

描く対象は知らない誰かのことが多くて、報道写真、動画、ニュース映像、チラシの写真、スポーツの試合、あとは自分で撮った写真を見ながらドローイングすることもあります。今はもっと連続する行為性や、そこに付随する物語、行為が形式になっていくプロセス、そういったことに注視している感じです。

--描かれるモチーフの選択は意識的に行っていらっしゃるのですか?

大久保:圧倒的に日々の自分の生活の中でドローイングしたものが多く、日頃描き溜めた中から個展や展示のテーマ性にあわせて選んでいます。展示はドローイングの選定から制作がスタートします。

今回の個展で出した作品の一部は、二人一組で行うアクロヨガと呼ばれるヨガのポーズや、ジムのパンフレットに載っていたトレーニングをサポートしている写真をドローイングしたものが元になっています。ヨガのモチーフは、自分が交通事故に遭って右半身を吊っていた期間が長く、リハビリ時期に読んでいたヨガやピラティスのお手本のポーズ集を見ながらドローイングしたことがきっかけで描き始めました。

-- 普段ご自身が考えていることや、見ている世界を教えてくれるんですね。

大久保:そうですね。後からドローイングを見返してみて、こういうモチーフがたくさん描かれているな、自分はこんなことを気にしていたのだなとわかり、コンセプトやステートメントが少し変わったりします。特に今のドローイングは自分にしかわからないくらいに抽象化されていて、空間から身勝手に選んで引いたラインというのが、自分の視覚認知している境なのだと思っています。

三越コンテンポラリーギャラリーの展示風景
photo by Shintaro Yamanaka (Qsyum!)

『stretching』2021年, 木製パネルにアクリルと油彩, 455 x 380 mm
photo by Shintaro Yamanaka (Qsyum!)
©Saya Okubo, courtesy of the artist and WAITINGROOM

『Supporting body (pull both ends)』2021年, キャンバスパネルにアクリルと油彩, 1455 × 1120 mm
photo by Shintaro Yamanaka (Qsyum!)
©Saya Okubo, courtesy of the artist and WAITINGROOM

--先ほど今回の個展に展示されている作品のお話も出ましたが、もう少し個展「We are defenseless. / We are aggressive. (無防備なわたしたち/攻撃的なわたしたち)」についてお聞かせいただけますか。

大久保:誰かをケアしたり、サポートしたり補助をするというホスピタリティの精神に基づいた行動と、誰かを傷つけたり抑圧したりといった暴力性、攻撃性を伴った行為とが、分断しているように扱われることが多い。けれども、その行為の間にはグラデーションがあってシームレスにつながっている。ともすれば隣り合ったり、どちらとも言えない場面があったりする。イコノグラフィー的なモチーフの誤解による転換、またはその曖昧さというのが展示の大きなテーマになっています。場面の行為性のみを取り出して絵画にした時に、ホスピタリティと暴力性どちらのムードも伴った像となるのではないか、というのが今回の作品に共通している感覚です。

--それは、コロナ禍で考えていたことなのでしょうか。それとももっと前からですか?

大久保:それについては5年ほど前から考えていました。今回の展示のメインで、角の丸い木製のパネルの作品を2つ出しているのですが、そのフレームの最初のイメージとしてあったのが精神病棟の隔離室です。そこには一番注意が必要とされる患者さんが入るのですが、患者さんの体が傷つかないように部屋の隅は角が丸くされていて、その部屋には物が何にもなく、便器の穴だけが空いていて、監視カメラが取り付けられている。その部屋の角の丸さは患者の身体保護のためだけれども、とても形式的なものにしか感じられない。
そして、その部屋と全く同じ構造をした部屋が入国管理局の中にもあり「保護ルーム」と呼ばれています。最近は入国管理局内での死亡事件もあって、暴力行為として問題になっていますが、もう一方の部屋は医療行為として認められている。こっちは許してこっちは許さないという、この許容の間はなんなのだろうと。
きっかけとしては、実際に精神病棟の隔離室に私の親族が入ったことがあり、私が少しだけケアする期間があったので、身近なモチーフとしてありました。その後自分が事故をしてケアされる側になった経験や、コロナ禍で社会全体がケアについて考える流れになったこともあり、前々からずっとモヤモヤしていたものが今回の作品で形になったと感じています。

『therapy / exorcism』2021年, 木製パネルにアクリルと油彩, 1210 × 2000 mm
photo by Shintaro Yamanaka (Qsyum!)
©Saya Okubo, courtesy of the artist and WAITINGROOM

--大久保さんの作品は異なるレイヤー同士があわさって画面が構成されています。どのように制作されているのでしょうか。

大久保:層の重なり的にはシンプルです。(例えばこの下の作品だと)青い部分が一番下の層で、メディウムを混ぜてペースト状にしたアクリル絵の具をヘラで薄く何回も重ね、フラットに磨いて土台を作っています。そこに自分がスケッチブックにドローイングした線をカッターで切り出したマスキングテープで写していく。ドローイングのインクの滲み、擦れ、太さの違いなどの印象をなるべく崩さないように切り出していき、次にバックとなる白いアクリルを全面に塗装します。その上にさらに油絵の具をのせて、最後にマスキングをはがすと、そこから一番下の層が見えてラインになります。

『 The child pointing 』2021年/H652×W530mm/acrylic, and oil on canvas panel
photo by Shintaro Yamanaka (Qsyum!)
©Saya Okubo, courtesy of the artist and WAITINGROOM

--ドローイングのラインと並び作品を構成する油絵の具の層は、どのようなことを意識して制作されるのですか。

大久保:色の選択は元のドローイングのモチーフを見たときの自分の印象や、その対象がおかれている環境、ムードなどを参照しながら決めています。絵の具の流れは、モチーフの体重が移動するその動きにあわせて流したり、筆は使わずに自作のスキージで絵の具を流しています。経験則的にわかる部分は、絵の具の表情を意識して出せる部分もありますが、一部は絵の具に任せてコントロールせずに手放すという形で制作しています。

絵の具をのせていくと、どこにどのラインが出るかが途中から完全に分からなくなります。マスキングテープを剝がすまで完成図が見えない。剥がしたあとは、自分の予想していた完成図とどうしてもギャップがあるから、必ず一瞬失敗したって思うんです。だから剥がしたあとはあまり見ないようにして、一旦帰って翌日に判断を持ち越す時もあります。

--筆は使用されずに制作されるのですね。

大久保:自分の痕跡をなるべく残さずに絵画を描きたいと思っているので、筆で描くのにすごく抵抗があります。筆で描くと刷毛目が残るのですが、私の絵画の中ではその情報はいらないなと。

大学院の初めの頃は、街の道端に置いてある鉢植えや、人に管理された植物をモチーフにしていたことがあるのですが、植物の葉の部分だけは一部筆を使っていました。街の中とか風景の中で植物だけが動いて見えて、そこだけは意識して描かなければならないと考えて、そんな決まりを作っていました。

植物をモチーフにした作品
『Houseplant at the Corner』2017年, パネルに油彩とアクリル, 152 × 152 mm
©Saya Okubo, courtesy of the artist and WAITINGROOM

--大久保さんが現在のような作風になるにあたり、影響を受けた作家さんなどはいらっしゃるのでしょうか?

大久保:卒業時に研究レポートとして自分の制作に対してのテキストを書いて提出するのですが、私はアンリ・マティスから猪熊弦一郎を研究対象としていました。自分の絵画の中で切り取られたように出てくるラインと、マティスの切り絵のハサミで切った瞬間に図と地が分けられるということを繋げながら考えていました。

絵画を語る上で美術史は大きな共通言語ですし、その歴史の先に自分がいるという意識がないとどうしてもどこか宙ぶらりんな感じになってしまうという感覚は実感としてもあるので、大学時代に自分の作品について考えることができたのはとても大事でした。

--近い将来、チャレンジしたいことなどはありますか?ドローイングの展示をされたり、立体作品を制作される予定などはあるのでしょうか。

大久保:ドローイングを発表することは考えていないです。やはり作品にする前段階という意識があって、これ自体が作品という感じではないなと思っています。ドローイングは私と親すぎるので、外に出すには少し抵抗があります。立体に関しては、少し別の意識で人間のフォルムを作ることを構想しています。

あとは、日本の外に行きたいです。2017年に大学院を卒業してすぐにNYに2ヶ月滞在したことがあり、実はCAFに出した作品はそこで制作してキャンバスを丸めて一緒に帰ってきた作品なんです。もう一度長期間のレジデンスなどで作品制作ができたらなと思いますし、コロナになって海外に容易には行けなくなったということもあるのか、今は外に出たいという気持ちがすごく強いですね。

--今後の展示の予定があれば教えてください。

大久保:直近では3月にWAITINGROOMでギャラリーアーティストによるグループ展に参加するのと、夏には六本木ヒルズのA/Dギャラリーにて個展を予定しています。今回の個展が終わったら、京都に帰ってすぐに制作を始めたいと思います。

開催概要(*会期終了)

タイトル:大久保紗也個展「We are defenseless. / We are aggressive. (無防備なわたしたち/攻撃的なわたしたち)」
会期:2022年1月19日(水)〜 1月31日(月)10:00 - 19:00
会場:MITSUKOSHI CONTEMPORARY GALLERY (中央区日本橋室町1-4-1日本橋三越本館6階)
https://www.mistore.jp/store/nihombashi/shops/art/art/shopnews_list/shopnews0258.html

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大久保紗也|Saya Okubo

2015 京都造形芸術大学美術工芸学科油画コース 卒業
2017 京都造形芸術大学大学院芸術専攻ペインティング領域 修了

個展
2020 They - WAITINGROOM(東京)
2018 a doubtful reply – WAITINGROOM(東京)

グループ展
2021 ビューイング展 - WAITINGROOM(東京)
2020 10TH - WAITINGROOM(東京)、ビューイング展 - WAITINGROOM(東京)
2019 大鬼の住む島 − WAITINGROOM(東京)
2017 NEWSPACE – WAITINGROOM(東京)、第4回CAF賞入賞作品展 – 代官山ヒルサイドフォーラム(東京)、美大生展2017 – SEZON ART GALLERY(東京)、京都造形芸術大学大学院 修了展 – Galerie Aube(京都)
2016 movement 2016 {1st movement} – ARTZONE(京都)、SPERT 2016 – Galerie Aube(京都)
2015 HERE I AM KUAD × TUNA交流展 – Na pai Art Gallery(台北・台湾)、HOP2015 – Galerie Aube(京都)、京都造形芸術大学 卒業展 – 京都造形芸術大学(京都)

Contemporary Art Foundation