INTERVIEW

Artists #49 サリーナ・サッタポン

7月5日から8月2日まで、√k Contemporaryにてサリーナ・サッタポンさんの個展「When you find you in the middle of emptiness」が開催されています。サリーナさんはCAF賞2022(https://gendai-art.org/caf_single/caf2022/)で最優秀賞を受賞。バンコクのシラパコーン大学にて修士号を取得後、今春に東京藝術大学グローバルアートプラクティス専攻にて博士号を取得されました。タイの少数民族出身であるという個人的な背景や、日常生活をインスピレーションとして、これまでパフォーマンス、ペインティング、写真、映像、インスタレーションなど、さまざまなメディアで作品を制作されています。本インタビューでは個展のお話を中心に、現在のご活動についてお話を伺いました。


--この度は、個展開催おめでとうございます!展覧会のタイトル「When you find you in the middle of emptiness」には、どのような意味が込められているのでしょうか。


サリーナ:タイトルにある「when you find you」は少し文法的にはおかしいということは分かっているのですが、「When you find yourself(あなたが自分自身を見つけたとき)」にしてしまうと、あまりにも「あなた個人」に限定されてしまうように感じたんです。でも「you(あなた)」という言葉は、私にとっては「私」や「他者」を含むもっと広い意味があるように思えました。だからこそ、「yourself」ではなく「you」を使いたかったんです。私のOCD(強迫観念)的な脳からすると、文法的に正しくない言葉を使うのは抵抗もありましたが、それでも「この表現が一番しっくりくる」と思って、決めました。
この展覧会は「止まること」や「一時停止すること」がテーマです。立ち止まって、自分自身と向き合うということですね。何かを深く考えるのではなく、ただ「今ここにいる」という状態になることです。つまり「今」に集中すること。それがとても重要だと思っています。タイトルは、そうした瞬間を表しています。たとえば、呼吸している感覚を意識したり、「今この瞬間」に自分の意識を向けたりすることで、初めて自分自身と出会えるのではないかと考えました。自分の呼吸を感じながら、今ここに存在していることに気づく。そういう瞬間にこそ、自分自身を見つけられると思うのです。ですから、映像の中には「森」や「川」などの自然や、「ぼやけた風景」などが登場します。具体的にそれが何なのか、どこなのかを理解する必要はありません。ただ、その場の空気や感覚を「感じる」ことが重要なのです。それが、このタイトルをつけた理由です。

個展「When you find you in the middle of emptiness」展示風景より
《When you find you》2025/Acrylic on canvas/50×61×2cm each

個展「When you find you in the middle of emptiness」展示風景より

個展「When you find you in the middle of emptiness」展示風景より
《When you find you》2025/Video installation/4 mins Variable dimensions

--本個展ではギャラリーの1階と2階が会場になっており、1階は新作、2階は《Balen(ciaga)》シリーズ作品を展開されています。1階の作品群はとても感覚的で、瞑想的な印象を受けました。これまでの作品と比べて、今回の展示に至った個人的な変化やきっかけはありましたか。


サリーナ:CAF賞2022で作品を発表して以降、私はずっと社会的なテーマに取り組んできました。たとえば、労働者階級の問題や、人と人とのつながりなどです。
私は常に社会のことを意識して作品を制作してきましたが、ある時から「私はずっと走り続けている」と感じるようになったんです。立ち止まることなく、考え続け、制作し続けていました。その結果、とても疲弊してしまい、頭の中がいっぱいで、次にどう展開していけばよいのかも分からなくなってしまったんです。
《Balen(ciaga)》のプロジェクトの時も、「この先どう進めていくべきか」を考える余裕すらありませんでした。本当は、少し余白を持って、自分がこれからどの方向へ進むべきかを見つめ直す時間が必要だったのだと思います。でも、ずっと思考も行動も止まらない状態だったので、それができなかった。だからこそ、「今が立ち止まる良い機会だ」と思えたんです。


--私たちにとっても一息つける、いい機会ですね。


サリーナ:そうですね。誰しも自分自身の悩みを抱えていると思いますし、何も考えずに過ごす時間って、本当に必要だと思うんです。
今回の経験を通じて、私自身は一歩引いて自分の作品を別の視点から見ることができました。それがすごく助けになったと感じていて、もしかしたら、他の人にとってもそうなるかもしれません。

個展「When you find you in the middle of emptiness」展示風景より
《Balen(ciaga) I belong》2025/Performance video


--これまでの作品では、サリーナさん含め複数人の方々と一緒に制作されていましたが、新作はご自身だけで制作されたのでしょうか。またその違いについて、どのように感じられましたか?


サリーナ:そうですね。おっしゃる通り、これまでは他の人が関わってくれていましたが、今回は自分ひとりでした。それは私にとってはあまり慣れていない制作の形でした。
私は常に「他者」のことを考えながら作品を作っていたので、自然と他の人を巻き込む形になっていたんです。でも今回は、なるべく「他者のことを考えないように」しようと試みました。これは私にとってとても難しいことでしたが、自分ひとりで挑戦してみるというのは、良い経験だったと思います。
もちろん、展示の設営などではチームの助けを得ています。時には言葉のミスなどもありましたが、幸いにもチームの皆さんが支えてくれました。「ここをこうすれば大丈夫だよ」と一緒に調整してくれて。なので、完全にひとりで作ったわけではなく、やはり他の方々の支援があってこそ成り立っています。ただ、これまでのように制作そのものに他者が関わる形とは異なり、今回はより自分自身と向き合うプロセスだったと思います。


--今回の個展の作品がとても内省的な性質を帯びているのは、そういった制作プロセスともリンクしているように感じました。周囲の人のエネルギーに囲まれず、ご自身の中で集中して制作されたんですね。《Balen(ciaga)》の作品などでは、社会問題に気づくことでインスピレーションを得て制作が始まったのだと思いますが、今回はどのように制作をスタートしたのでしょうか。


サリーナ:そうですね。ヘッドフォンをつけて、リラックスできる音楽を聴きながら制作していました。
実は、《Balen(ciaga)》の展開について悩んでいた時期がありました。今年も作品を発表する計画があったので、引き続き《Balen(ciaga)》を作り続けようと考えていましたが、どうにも行き詰まってしまったんです。そのとき、「ああ、今こそ立ち止まるべき時なのかもしれない」と気づいたんです。立ち止まり、一歩引いて、自分の作品を「第三者の視点」で見直してみる。そんな必要性を感じた瞬間でした。


--なるほど。ひとつの大きな転機ですね。
作品に使用されている素材についてお伺いします。サリーナさんは、絵画や映像、そしてバッグなど、さまざまなメディアを用いていますが、それらをどのように選ばれていますか?また、それぞれに象徴的な意味はあるのでしょうか?


サリーナ:たとえば《Balen(ciaga)》に使ったバッグは、2018年から続けているテーマの延長で、ブランドがインスピレーション元としたバッグを作品に取り入れました。タイではそのバッグが「労働者階級の象徴」として見られるようになっていて、そのまま象徴的に使っています。

個展「When you find you in the middle of emptiness」展示風景より
《Balen(ciaga) I belong: Nihonbashi》2025/Silicone acrylic on plastic bag

サリーナ:また、映像に使っているアナログモニターやアクリルの技法も、私の作品テーマである「見えないもの」、たとえば「社会における労働者階級や人間のつながり」を表現するために選んでいます。
今回の作品も、「立ち止まる時間」が必要だというメッセージが込められています。人は自分では気づいていなくても、常に走り続けてしまいがちですが、本当は“間”が必要なんです。
だからこそ、空っぽのモニターを使いました。小さくて狭いアクリル板を通してモニターを見るときに、一点を集中して見ないと全体が見えないようにしています。しっかりと“今の自分”に集中することで、初めて全体像が見えてくる。そういった考えが反映されています。

個展「When you find you in the middle of emptiness」展示風景より
《When you find you》2025/Video installation/4 mins Variable dimensions

--個人的なご質問になりますが、タイで少数民族として生まれ育ったご自身のルーツは、作品にどのような影響を与えていますか?

サリーナ:私の作品はどちらかというとコンセプチュアルなものが多いのですが、故郷での経験は自然と思考の根底に染み込んでいるように思いますし、私にとってとても大切な要素です。たとえば、地元の人々がバッグを使っているのを見て育ちました。それは特別なものではなく、日常の一部でした。でもその日常のイメージが、別の文脈に置かれることで“特別なもの”として見えるようになりました。
自分のルーツがどのように作品に影響しているのか、言葉で説明するのは難しいのですが、作品の捉え方や考え方そのものに深く関わっていると思います。
私の部族は、タイ国内でも少数民族で、そもそも存在を知られていないことも多いんです。だから、自分の思考の中に常に「自分はマイノリティなんだ」という感覚が根付いているように思います。それは、生まれ育った場所でも、こちらでも。どこにいても、常に少数派としての視点があるんです。そうした感覚が、作品を考える上での背景になっているのだと思います。

個展「When you find you in the middle of emptiness」展示風景より
《Balen(ciaga) I belong》2020/Watercolor on paper

--「疎外」と「他者とのつながり」という、まったく異なる二つのテーマが、常にサリーナさんの作品の中では同時に存在していて、手を取り合うように描かれていますね。
そして、サリーナさんは日本とタイの両方で活動されてきたと思うのですが、それぞれの国で文化的な違いやアートの違いについては、どう感じていますか?

サリーナ:現在のタイでは、いろいろな種類のアートが生まれていて、すごく楽しいです。10年前とはかなり変わってきていると思います。
一方で、日本のアートシーンもとても好きなんです。それぞれの作風に、それぞれの観客が存在しているように感じます。たとえば、実験的な表現を好む人にはその観客層が、クラフト的なものを作る人にも、それを愛する観客がちゃんといる。とても多様性があって、どんな作品を作っていても、きっとどこかに受け入れてくれる人がいる。そう思えるのが日本の魅力だと思います。
タイでももちろん多様性は広がってきていますが、それでもやはり日本ほどではなくて、絵画や「きれいなもの」が好まれる傾向がまだ強いですね。でも、若いアーティストたちはどんどん新しい表現を生み出していて、私はとても応援しています。


--6月26日に行われる瞑想イベントについても、少し教えていただけますか。


サリーナ:私は仏教徒なのですが、瞑想というのは、本来毎日するべきものだと教わってきました。でも実際には、私自身はほとんどしてこなかったんです。日々、「やらなきゃいけないこと」が多すぎて、気づいたら一日が終わって寝る時間になっていて…。
そんな中で、SAOセラピストのHikoさんに出会いました。彼女のイベントに参加したとき、とても驚いたんです。1時間のセッションだったのに、10分くらいに感じるほど、完全にリラックスできて、何も考えず、ただ呼吸して音を聞くだけの時間。それがまさに、今回の新作で表現したかった「今に集中する」ということだったんです。そこで私は、「ぜひ一緒に何かできませんか?」とお願いしました。
この会場でも、彼女とのコラボで、音を感じながら“今この瞬間”を大切にするイベントを開催します。参加者は、横になったり、ただ休んだりしていただけます。Hikoさんは多くの楽器を使うのですが、中には簡単に習得できるものもあるので、私も彼女に教えていただきながら、一緒に音を奏でる予定です。ぜひ、皆さんにもご参加いただきたいです。


--是非、参加したいですね。
サリーナさんは今年の初めに藝大の博士課程を修了されましたが、次に取り組みたいことや、新しいプロジェクトの構想などはありますか?


サリーナ:はい。私はまだ日本が大好きなので、これからもしばらくは滞在したいと考えています。
実は近々、大きなアートフェスティバルでキュレーターを務める予定なんです。ひとつのブースを担当し、タイ人アーティストの作品を展示する予定で、初めてそのような形でキュレーションを行うので、とても楽しみにしています。
もちろん、自分のアート制作も続けていきたいと思っています。今年、来年にかけて、いろいろな計画があります。そして、日本以外からもいくつかお声がけをいただいています。今年は韓国、大阪、台北、そして11月にはスペインでも活動予定があります。でも、拠点としては日本を中心にしていきたいと考えています。


--今後の活動や作品の展開がとても楽しみですね。この展示を通して、ご自身を「When you find you (見つけた)」と思いますか?


サリーナ:そうですね。なんだか誕生日を迎えて、1つ年を取ったような、そんな感覚に近いです。このプロジェクトを終えたとき、少し成長したような気がしました。気持ちが落ち着いたような気がします。私は少しクレイジーな人間ですが、少しはクレイジーさが和らいだかも?(笑)
実は、次の《Balen(ciaga)》の新しいバージョンについては、自分の経験ともっと直接的につなげる形にしようと決めたばかりなんです。今回の展示で取り組んだ内面的な要素と、これまでの社会的な視点を融合させた作品にしていこうと思っています。このプロジェクトをやらなければ、そのアイディアにはたどり着けなかったと思うので、やって本当に良かったと思っています。その新作は韓国で発表する予定ですので、もし機会があれば、ぜひご覧ください。


開催概要
Sareena Sattapon「When you find you in the middle of emptiness」
会期:2025年7月5日(土)〜 8月2日(土)(日・月休廊)
会場:√K Contemporary (〒162-0836 東京都新宿区南町6 )
イベント:「音浴: Sound Bath with Hiko & Sareena」
詳細はこちらから

展示撮影:サリーナ・サッタポン

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サリーナ・サッタポン| Sareena Sattapon

1992 タイ生まれ
2015 シラパコーン大学 絵画・彫刻・版画学部 卒業
2018 シラパコーン大学 絵画・彫刻・版画学部 修士課程 修了
2025 東京藝術大学 グローバルアートプラクティス専攻 博士課程 修了

賞歴
2024 第27回 野村美術賞 受賞
2024 東京ミッドタウン・アワード2024 準グランプリ
2022 CAF賞2022 最優秀賞、SHIBUYA AWARDS 2022 特別賞
2020 ART FUTURE PRIZE 特別賞

個展
2025 「When you find you in the middle of emptiness」√k Contemporary(東京)
2024 「In the realm beyond spectrum」現代芸術振興財団(東京)
2021 「また会う日まで」新大久保UGO(東京)、「Home Sweet Home」Super Studio Kitakagaya(大阪)
2018 「It’s not love or lust but loneliness」BUoY(東京)、「It’s Personal II: Nothing personal」(ノルウェー)


グループ展
2025 TOKYO MIDTOWN AWARD 第6期成果展『ゆきて、ぴゅーーー』ソノ アイダ (東京)
2024 「Tsubomi / Flower bud」Tokyo Gendai(神奈川)、東京ミッドタウン・アワード2024 ファイナリスト展(東京)、「Bai Sri: Whispering to the Soul」ART OnO 2024(韓国)、「Mikke Studio with OTOMODACHI」Mike Gallery(東京)、「Matsudo International Science Art Festival」科学と芸術の丘(千葉)、「Meet your are festival 2024」(東京)、「傷 創 築 / kizu」アートかビーフンか白厨(東京)、「Go for Kogei 2024」(富山)、「藝大プラザ・アートアワード」(東京)、「Baan Noorg Biennial 2024」Ratchaburi(タイ)、「RE:FACTORY_2」WALL_alternative(東京)
2023 The National Gallery, Bangkok コレクション収蔵展(タイ)、「P.O.N.D. 2023」渋谷PARCO Public Space(東京)、サリーナー・サッタポン・磯村暖 2人展「My spirit will follow you」Eukaryote(東京)、「Multi-Cross-Impact」Treasure Hill Artist Village(台北)、「Not everything is abstract」Numthong art space(タイ)、「Durational space II」Lilith Performance Studio(スウェーデン)、「Inter-Universities student exhibition SDGs X Geidai」Yamanote Line Museum 上野駅正面玄関口ガレリア(東京)、「S.O.E 2023 We Trade Everything」(タイ)、「Where ever we are, it is home」
2022 「CAF賞2022 入選作品展」(東京)、「SHIBUYA AWARDS 2022」(東京)、「ふれる」藝祭 2022(オンライン)
2021 「Color Atami」Atami Art Grant(静岡)、「UGO 夏 展」新大久保 UGO(東京)
2020 「EARLY YEARS PROJECT #5 20/20 Fluidity of change」Bangkok Art and Culture Centre(タイ)

アートフェア
2024 「Tokyo Gendai 2024」(神奈川)、「ART OnO 2024」(韓国)
2020 「ART FUTURE art fair」(台湾)

芸術祭
2018 Bangkok Biennial 2018(タイ)

その他の活動
2021-2022 新大久保UGO メンバー
2019-2020 バンコク・アート・アンド・カルチャー・センター(タイ) ガイド
2019 スリパトゥム大学(タイ) 准教授
2017- blurborders 委員会メンバー
2015-2016 バーン・ヌーグ共同芸術文化センター(タイ) ゼネラルマネージャー

Contemporary Art Foundation