INTERVIEW

Artists #18 木下理子

今月14日より木下理子さんが神奈川・BankART KAIKOにて個展を開催されています。木下さんはCAF賞2019(https://gendai-art.org/caf_single/caf2019/)で入選、現在は東京を拠点に作家活動をされています。
木下さんは、不可視な世界を指し示すベクトル(矢印記号)のような役割を作品が担い、世界を抽出し観察するためのフィルターとなって、目には見えない大気の流れや、手で触れられないほど大きな対象を、どうやって引き寄せられるのか<知覚装置>としての作品群を様々な手法で作り続けていらっしゃいます。今回の個展のお話を中心に、木下さんにご経歴や制作活動についてのお話を伺いました。


--木下さんは学部生の時、武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科にご入学され、そこから油絵学科に転科されたと伺いました。

木下:そうですね。もともと絵を描くことが好きで、美術科のある高校に通っていました。絵を描く一方で、油絵ってイーゼルや壁にキャンバスを立てかけて描くじゃないですか。そのキャンバスの上に絵の具をモリモリのせて描き続けていくみたいなプロセスが私は肌に合わなくて、まずは様々な素材に触ってみて自分がやりたいことを見つけたいと思い、デザイン科に入学しました。私は<作品を作るため>にクラフト、デザインを学ぶ、という姿勢だったので、何かいつも作っていたいというのがまず第一に自分の中にありました。
絵画を作り続けている人ってすごいなと思います。私はもちろん絵も好きなので描くんですが、構図とか、イメージとか、すぐに行き詰まってしまい、繰り返しの作業になってしまいます。なんだかやりづらいなあと。なので素材に特性がある、例えば紙とかアルミテープでドローイングするという、ある程度物質が決まったもので絵を描いてく方が私は制作がしやすいんです。自分のイメージを形にするというよりも、素材の特性を生かして、陽に当たって色が変わるとか、自然・環境の中で素材と一緒に作品を作っていくみたいな方法で平面も立体も作りたいと思っています。
今回のBankARTの個展でも出展しているサイアノタイプは、日光写真とも言いますが、古典的な写真技法を用いた作品です。どちらかというと、写真や版画がご専門の方に身近な技法だと思います。ネガフィルムや原版を、感光剤を塗った布や紙などに密着させて感光するプロセスが一般的です。私は感光紙に直接ものを置いて感光させる、フォトグラムと呼ばれる手法で制作しています。私はあまり写真技法とかを意識して作り始めたわけではなく、陽に当たると青くなる、くらいの軽い認識で初めてみたんですが、そのやり方がもともと自分が作っていた立体作品と親和性が高いように感じて自分にとっては良い制作技法だと思っています。
私は立体作品をドローイングとして作っていて、私たちの生活にある身近で繊細な素材で作っています。アルミホイルやクラフトテープといった、現存が難しいような素材です。そういうものを作り続けていくことに不安もあったんですが、サイアノタイプの技法を扱うことで本来は形として残せない影なども一緒に反映されるので、私のやりたいことにぴったりだなと、それでこの形で作っています。

<BankART Under 35 2021>木下の個展の様子

--繊細な素材を扱い、その存在を作品に落とし込んでいくことにフォーカスした、そもそものきっかけはなんだったんでしょうか。

木下:鉄の塊で作品を作るとかでもいいんですが、なんだかそういった素材は自分の身の丈から外れてしまうような感覚があるんですよね。私の作品は身の回りにある当たり前のもの、例えば空気とか、光、重力といった目に見えない不可視なエネルギーの存在を引き寄せて来るためのドローイングだと思っていて、アルミやクラフトテープの作品を形成する感覚は、鉛筆で線を描くくらいの意識なので、下絵とかもなく、あの作品自体がまさにドローイングなんです。なのでほとんどの作品は形など意図して作っていなくて偶然に出来上がっています。もちろんなんとなくのサイズ感などは意識しているんですが、最終的にどんな作品になるのかは、作らないことには自分でもわかりません。たまになかなか形にならなくて、あくせくしていると自分のエゴが出てきてしまうんです。この素材のこの部分「曲がれ!」みたいな(笑)。そうすると完成というか形にはなるんですが、やっぱりちょっと違うなという作品になります。だからあくまで自然に出来上がった形で作って、納得できるところで止めていますね。

--先ほど木下さんがおっしゃっていた、不可視なエネルギーの存在を引き寄せるというお話ですが、ご自身のステートメントの中では、作品は不可視な存在を<知覚するための装置>と表していますね。

木下:そうですね。作家はみんな、作品を作る上で自分の目標やコンセプトというのが当然あると思うんですが、私の場合は制作をすることで、<自分がどこにいて、どういう存在で、何を知りたいのか>というのを測るときに、膨大な宇宙の地図を広げてではなく、身近なところからその答えが発見できるのではと思ったんです。壁に貼った紙が湿気でふやけるとか、窓辺の板が陽の光でたわむとか、そういう事象を通して現実の温度を理解できることがあると思っていて、漠然と大きなものを考えるのではなく、素材や作品というフィルターを通して存在を知覚できるのではと思ったんです。なので私は作品のインスピレーションは、日常生活から得ることが多いです。当たり前の風景ってどうしても日常なので、そのまま見過ごされてしまうことの方が多いと思うのですが、私はそれがもったいないと思うんですよね。鑑賞者の方には私の作品を見て、帰り道に同じような現象が起きていたときに、「あ!あの作品てもしかして」というくらいの、些細な気づきがあったら嬉しいなと思っています。

--制作をする中で、自分の中での決まりごとはありますか。

木下:「作品を作るぞ!」と思わない、ですかね。作品を作ろうと思えば思うほど「作品とは…?」と考え始めてしまうんです。<作品らしいもの>を作り始めてしまうというか。絵だったらこういう構図にすれば絵っぽくなるよね、みたいな、そういうのをできるだけ避けたいんです。大学に在籍していた時なんかは「作品を作らなきゃ」と思っていれば思っているほど、どこかで見たようなものしかできなくなってしまって、何も考えていないときにひょこっとできたものが面白かったりして、その塩梅はとても難しいんですが、作ることに対して構えすぎないことはかなり大事です。
私は作品一つ作って終わり!ではなくて、作品を含めた<環境>を作ることが好きで、どうやって配置してどんな環境の中で見たいかみたいな工程も楽しみたいんです。それを<インスタレーション作品>といったりもしているんですが、自分の中ではインスタレーションというかもっと自然的なことで、空間全体を作品で埋めてしまうとかではなく、もともとあったスペースをよりクリアに見えるようにしたいという感じです。そのスペースにあるへこみや、床の模様とか、すでにあったものに気づけるための仕掛けとして配置したいです。そういう意味で、普段の目線を下げるために、床や壁に設置するような作品が多いかもしれないです。

児玉画廊での展示の様子から一部作品
<mapping> 2020 / アルミニウム / サイズ可変

これは児玉画廊で2020年に展示させていただいた時の作品なんですが、実はギャラリーのコンクリートの床面に波の形のようなシミがあって、ご来場いただいた方に「これは描いたんですか?」と聞かれたんです。もとからあるシミだったのでもちろん私は描いていないんですが、展示をすることで私もそういった新しいことに気がつくことがあります。

コートギャラリー国立での個展の様子から一部作品
<nonempty> 2020 / アルミニウム / サイズ可変

この作品はそれとはまたちょっと違う成り立ちかもしれないのですが、作品の真ん中の何もないところに<見えない空間>を頭の中で作ってしまう、ないものがあるように見えるというのが面白いなと思っています。

--なるほど。私には人が頑張って起きようとしているように見えました。

木下:最初この作品を考えた時、もう少し立つんじゃないかと思っていたんですが、意外とダメでしたね(笑)。重力に苦しんでいる感じがして、それが頑張っているように見えるのかもしれないですね。

--今回のBankARTの個展は、どのようなきっかけで展示される運びとなったんでしょうか。

木下:去年、BankARTの展示を見に行った時に受付でたまたまメーリングリストの登録をしたんですが、そのあとにメーリスで回ってきたのがこの「BankART Under 35 2021」の公募でした。募集期間が2週間とかその程度でとても短かったんですが、応募したのがきっかけで今回個展開催のご縁をいただきました。私の作品は展示場所に合わせて制作していく側面もあったりして、前回BankARTの展示を見たときに場所がすごく広いことを知ったので、もし通ったら作品のスケール感が変わるかもしれないなと思っていました。
また、横浜に来ることで、海についても考えたりしました。私は制作に行き詰まると海を見たくなって、波打ち際のある浜辺に行ったりします。実際海に着くとあまりにも広大で、どこを見ていいかわからなくなったりして、結局波打ち際の石とか貝殻を見てしまうんですが、それがなぜか、自分の作品に近いものを感じるんです。重力とか空気とか、地球の上にいることとか、漠然として大きすぎるために存在そのものを捉えられないから、足元の波打ち際の波の形を見ることでしか海を見れない、みたいな。そして私はいつも、「この波打ち際を作りたいんだな」と思ったりします。
この個展は作品作りから展示構成までほぼ1ヶ月くらいで作り上げました。展示をするときはいつも新作を発表したいという気持ちがあるので、スケジュール的にはいつもかなりタイトになってしまいます(笑)。特に今回多く出展しているサイアノタイプの作品は天候によっても作る・作れないがあるので、タイミングを見て、どの作品を優先していくか細かく調整しながら作り上げました。
今回に限った話ではないんですが、過去の展示も含めて1ヶ月くらい前にならないと、制作に取り掛かるエンジンがかからないということもあって、今回が特別準備が大変だったとかではなかったです。個展は学生の時から毎年やっていて、作品を作るだけでなく、どこかで並べてみたいと言った気持ちが強いため、自分からできるだけバンバン個展をやるようにしています。学内での展示もそうですし、ギャラリーや友人のお宅のスペースを借りて展示したこともありました。

都内某所・非公開の展示の様子から一部作品
作家・秋山亮太の住居兼ギャラリーより

--現在はBankARTの個展と同時に、天王洲・児玉画廊でも彫刻家の林玖さんと二人展を開催されていますね。

木下:ありがたいことにあの展示は急にお話をいただきまして、私はそれまで林さんの作品を拝見したことがなかったのですが、初めて林さんの作品を写真で見たときにめちゃくちゃいいなと。それで搬入の時に彼と話したんですが、林さんは<動きの軌跡>の模様を描いていると言っていました。私のサイアノタイプの作品も、風や振動で動いた影の移動を捉えているので、ある種<動きの軌跡>と言えます。そういう意味で扱っているモチーフが林さんと近いなと感じました。児玉さん(児玉画廊オーナー)も私たちの作品に親和性があると思ってチョイスされたんだと思います。

現在天王洲・児玉画廊で開催中の木下理子、林 玖による二人展「ignore your perspective 57 - すんだの、しるしのダンス- 」から展示の様子

--BankART、児玉画廊と木下さんの展示を拝見する上で、注目のポイントなどありますか。

木下:サイアノタイプの作品で言えば、作品を<図像>としてみることも可能ですが、制作の工程についても想像しながら見ていただきたいです。おそらく全然違う見え方ができると思います。青の濃淡とかも、どれくらい陽に当たっていたかというのにかなり左右されているんです。例えば夏のカンカン照りの中で作業すると2分くらいで仕上がり、かなり写真的な画面になったりします。影がはっきりして、色の彩度も高めです。色が薄めのものは曇り空の下で1時間くらいかけて作ったものもあったりして、どの作品も画面に凝縮された時間の流れとか距離といったものも感じていただけると思います。
今後は作っている仕組みみたいなものをもう少し作品に出していってもいいのかなと思っています。作品を作っているときに使用したオブジェクトが、今度は立体作品として立ち上がったりするので、そういったアプローチは鑑賞者にとっても面白いアクションになるかもしれません。

サイアノタイプの作品の制作風景

--展示前の期間で、制作中に印象深かったことや苦労されたことはありますか。コロナ禍ということもあって、いつもとは異なる影響もあったのではないでしょうか。

木下:まず、いつも作品に使う素材を探すのに苦労しますね(笑)。作品や展示が<繰り返し>になるのを避けるために、なるべく新しいものを使いたくて、こんなもの使えるのかなみたいなものも挑戦して、挫折したりしています。ホームセンターや100均とか、調理器具を売っているコーナーとかを中心に探しまわります。ユザワヤとかもみるんですが、手芸用品って「何これ?」みたいなものが結構あって、結局何に使うかわからないまま形が面白いから買う、とかしていますね。そのまま使わない、もザラですね(笑)。
私は動植物といった本物の素材はあまり使用したくないんです。要は<作りたい楽しみ>みたいなものが私は第一なんです。言い方はあんまり良くないかもしれないんですが、私は<何かを作りたいがために、言い訳を考える>みたいな感じでコンセプトを練っているような気もします。
コロナの影響は私自身にダイレクトに何かを受けるということは今のところないです。ちょうど昨年の春の一番緊張感のあった最初の緊急事態宣言下では、私の制作サイクル的にも閉じこもる期間と重なったりしていたので、それほど息苦しさは感じませんでした。どちらかと言えば、ずっと部屋の中にいたことで新しく気がついたこともたくさんありました。今回の展示でも出展している《Curtain》というシリーズの作品は、さっき海のお話で出た波打ち際じゃないですが、部屋の中の<波打ち際>みたいに感じられたんです。<外と部屋>の境界線の波打ち際というか、風で揺れることでその境界線が曖昧になったりして、カーテンがあることで部屋の中に海を作り出しているような感覚に気がつきました。今思えば、家の中から見えていた世界が、この作品に落とし込まれていたのかもしれません。このコロナ禍は特殊な空気の中なので、いつも以上に普段の生活を面白がろう!としている時期でもあります。

<curtain #1> 2020 / 紙にサイアノタイプ / 70 × 52.5 cm

<curtain #24> 2021 / 紙にサイアノタイプ / 112 × 76 cm

--今後の作家活動のご予定がありましたら教えてください。

木下:7月に群馬青年ビエンナーレに出展予定です。今までで一番大きなサイアノタイプの作品を出そうと思っています。今回のBankARTの展示では会場が大きくなったことで作品のスケールも大きいものに挑戦できたので、今後も大きいものも作りつつ、小さなものも作ってスケールの行ったり来たりを楽しみたいです。群馬青年ビエンナーレの会場は都心からちょっと遠いのですが、こちらもぜひお越しいただきたいです。
それから、今後の活動としてはもっと人と協働して作品作りをしたいと思っています。今まで個展をたくさんやってきて一人でやりたいことというのは実現できてきたので、もうちょっと遊びの要素を取り入れるような形で、今まで自分が関わってこなかったような職業・人とたくさん関わっていきたいです。今私は西東京市にアトリエを構えているんですが、そのアトリエのオープンスタジオみたいなこともできたらいいなと思っています。


開催概要


タイトル:木下理子 個展「BankART Under 35 2021」

会期:2021年5月14日(金)~2021年5月30日(日)11:00~19:00

会場:BankART KAIKO(横浜市中区北仲通5-57-2 KITANAKA BRICK & WHITE 1F)
料金:一般200円(カタログ1種類1部進呈)、中学生以下及び、障害者手帳お持ちの方と付き添い1名は無料

http://www.bankart1929.com/bank2020/news/21_018.html

タイトル:木下理子・林 玖 二人展「ignore your perspective 57 - すんだの、しるしのダンス-」

会期:2021年4月17日(金)~2021年5月29日(土)
時間:11:00〜18:00(火〜木、土)・ 11:00〜20:00(金)、日月祝休廊

会場:児玉画廊(東京都品川区東品川1-33-10 TERRADA Art Complex 3F)
https://kodamagallery.com/

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木下 理子 | Riko KINOSHITA
http://rikokinoshita.com

1994 東京都生まれ
2013 東京都立総合芸術高等学校美術科 卒業
2017 武蔵野美術大学造形学部油絵学科油絵専攻 卒業
2019 武蔵野美術大学大学院造形研究科修士課程美術専攻油絵コース 修了

個展
2020 「nonempty」コート・ギャラリー国立(東京)
2019  「時間をはずした日」フリュウ・ギャラリー(東京)、「空気の底」児玉画廊(東京)、「How to touch the Earth」JINEN GALLERY(東京)
2018 「遊びと星取り」アートスペース88(東京)、「ニュースケール」JINEN GALLERY(東京)
2017 「見透す人」数奇和(東京)
2016 「バースデー」手紙社・展示室トロワ(東京)
2015 「夜の光と遠い星」コート・ギャラリー国立(東京)

グループ展
2021 「ignore your perspective 57 -すんだの、しるしのダンス- 木下理子 / 林 玖」児玉画廊(東京)
2020 「ignore your perspective 54 -How I wonder what you are- 木下理子 / 中川トラヲ」児玉画廊(東京)
2019 「CAF賞2019入選者作品展」代官山ヒルサイドフォーラム(東京)
2018 「Slide, Flip, and Turn -7人のアーティストブック展-」武蔵野美術大学美術館・図書館(東京)
2017 「アタミアートウィーク -天つ風むすぶ熱-」熱海市内(静岡)、「理化学研究所展示プロジェクト2017」理化学研究所・横浜キャンパス(神奈川)

Contemporary Art Foundation