INTERVIEW

Artists #16 マ・ジャホウ(馬嘉豪)

今月29日よりマ・ジャホウさんが東京・ARTDYNEにて個展「Involution society」を開催されます。マさんはCAF賞2017(https://gendai-art.org/caf_single/caf2017/)で入選、現在は東京を拠点に作家活動をされています。
この度の個展では、新型コロナウイルス感染拡大の影響で社会的に制限される生活によって、閉塞感やストレスを感じる人々が陥る、<内巻き思考=他人より優れていなければ己の存在が危うい>という人間の潜在意識に着目。本展では彼の代名詞でもある、プラスチック製の小さな人型のフィギュアを使用し、胴体をもがれ密に植え込まれ、圧縮され変形した人型の集合体などによって内巻きに混迷する現代社会の再現を試みています。(*ARTDYNE展示ステートメントテキストより一部抜粋)
今回はマさんに展示のお話を中心に、ご経歴や最近の制作活動についてのお話を伺いました。


--2017年にCAF賞にご入選された当時、マさんは多摩美術大学の学部2年生でしたね。ご出身は中国・西安市ですが、いろいろな選択肢がある中で、日本の美大に進学されたのはなぜだったんでしょうか。

マ:そうですね、CAF賞に入選した当時来日して3年目でした。僕は作家活動のための最初のステップとして、まずはアジアで活躍したいと思ったんです。僕の故郷・西安市は中国で一番古い都市と言われ歴史ある場所なんですが、住んでいる人たちは国内・国外関わらず、外に出たがらないんです。僕の周りの人のほとんどが、地元の小学校から大学に通い、そのまま地元で就職する人ばかりで、何も発展的でなくつまらない生き方だなと感じていました。僕はもっと外に出て面白いことをしたいとずっと思っていて、同じところに縛られてしまうのが嫌で、とにかく外に、なるべく遠くに行きたいと思っていました。それから僕は昔から日本のアニメが好きで、最初はアニメーターになりたいとも思っていました。でもその時僕に絵の描き方、「ソ連絵画」を教えてくれていた先生から「アニメーターは金にならないし、作業に追われて速描きを求められたりするよ。」と教えられ、よく考えたら見るのは好きだけど、描くのはそんなに好きではないかもなと思い、日本に行くことは決めましたが、日本に行って何をしたいかまではその時決め切らなかったんです。

中国国内で撮ったマ・ジャホウ本人の写真

--その「ソ連絵画」というのは中国の美術教育における一般的な教育方法なんでしょうか。

マ:僕にとってすごく懐かしい響きです。描写主義の描き方で、ほぼ中国の美術教育が支えていると言えます。「ソ連絵画」は実は歴史が長くて、中ソ友好同盟相互援助条約を結んだ1950年前後、中国はソ連からいろいろな影響を受けていました。文化面においても例外ではなく、ソ連は<芸術>を<労働者のためのもの>としていたために労働者以外の人間が作品を作ることは許されず、リアリズム・描写主義の絵画を作って生計を立てようと労働者が一斉に作り始めました。現代の中国にもその影響は脈々と受け継がれていて、中国の美大の受験絵画を見ると明らかですが、決められた短い時間の中で誰が一番早く仕上げ、描写が上手いか、それでいて他よりも目立つかが重要とされています。黒・白・グレーの3色が画面にきちんと使われているかも大事なポイントです。僕は14歳くらいからその教育を受けていたこともあって、今まで作ってきた作品にもどこかしら、その教育の影響が見られます。
日本に渡って、さてこれから何を勉強しようか、と悩んでいた時期に、都内のギャラリーで会田誠やピカソの作品を見て、「これなら僕でも描けるんじゃないか」と思い(笑)、今思えばすごいことを思っていましたが、アニメや漫画とかではなく、日本にもこういう方法でお金を稼ぐ人もいるんだと知りました。それで、油絵の勉強は中国でもしてきたから、油絵を選択してもいいかもしれないと思って、日本の美大を受けました。
留学生試験は難関で、そもそも試験を受ける前に日本語学校で日本語を十分に勉強する必要があったし、小論文の提出などもあって大変だったんですが、ご縁あって1年で多摩美・武蔵美と合格することができました。藝大も受けたんですが、受験の時にやらかしてしまったんです(笑)。

--やらかしてしまったというのは?(笑)

マ:試験が始まる前に、受験生一人一人にみかんが配られたんです。モチーフとして<みかんと石膏像>を使いなさい、と。ところが僕は、藝大は日本の国立大学だし、受験時間も午前中だったので、「国が用意してくれた受験生のための朝ごはんだ!」と説明もよく聞かず勝手にそう判断しました。中国ではよくあることで、お腹も空いてきた頃だったから、受け取ってそのまま普通に食べました(笑)。そうしたら試験官が真っ青になって僕のところに飛んできて、「なぜ食べているんですか」と尋ね、「これは朝ごはんですよね?」と返したら「違います、モチーフです。」と言われました(笑)。結局新しいみかんはもらえず、仕方がないので僕だけみかんの皮と石膏像で描きました。ちなみに僕が食べた後、校内放送で「モチーフのみかんは絶対に食べないでください」と何回か流れましたね(笑)。その事件が原因かはわかりませんが、結果的に藝大は落ちてしまいました。
進学した多摩美でも、僕はいろいろ事件を起こしていました。多摩美に入学して一週間くらいの頃、課題でヌードモデルデッサンがあったんですが、日本酒を飲みながらデッサンしていたんです(笑)。当時僕は19歳で、年齢的にもアウトで、もちろん即教授にバレて反省文を書きました。次同じことがあったら退学です、と言われました。他にも僕は自分の作品の中に火を使いたくて、火気厳禁のアトリエの中でいろいろな素材を火で炙ってBBQみたいなことをして、これもまたしこたま怒られました。

--CAF賞に出していただいた作品はまさに、火で溶かした人型フィギュアが群となっている作品でしたね。

<CAF賞2017 マ・ジャホウ入選作品>
撮影:木奥惠三

マ:そうなんです。あれ、フィギュアを溶かすと人体に悪い影響がありそうな、かなりやばいニオイがするんです。それで同じアトリエを使っていた他の学生がほとんど使えなくなってしまい、教授に苦情が殺到して、一つ作品を作るごとに僕だけ必ず面談があるという感じでした。そんなことの繰り返しで教授も呆れていて、「作るなとは言わないが、周りに迷惑をかけるな。」と。申し訳なかったです。それからはみんなが帰った後にこっそりやったりしていました。

その頃は自分の作家活動や未来について、とても悩んでいました。
今僕たちは難しい立場にあって、僕たち作家が作っているものは現在は<現代アート>と言われていますが、それ以降、未来の作家たちはどのように呼ばれる作品を作っていくのだろうと考えていました。現代になって、すべて自分で自由に選択することができますが、僕の場合はその中でもオールドメディアである<絵画>を選んでいるので、これは賢いことなのか、学生時代にそのメディアに固執しなくてもいいのかなと思い、もっと激しいもの求め、教授や周りのみんなに怒られてしまうような挑戦もしていました。
同時にその頃、自分が本当に何をしたいのか、未来への漠然とした不安もあって、学生をやめたほうがいいかもと思ったりもしました。同じ時代で同じ場所で制作していると、なんとなくみんなの思想みたいなものがちょっとずつ似てきたりして、でも良い作家と言われる作家はそう言ったところから、突出している新しい何かを見つけてくるんだろうなと思って、そういう部分でも学生でいることに危うさを感じていました。
一方で、僕は周りの人たちが何をやっているのか、何を作っているのかとても興味があったし、多摩美でいろいろな考え方や作品に触れるのが面白かったので、長く悩んだ末、結局は学生でいることを選びました。何より僕はVISAの問題が深刻だったので、日本にいるためには学生である必要があった、というのも大きな理由の一つです。

--中国に戻って作家活動をする、という選択はなかったんですか。

マ:そうですね、さっきも言ったように、僕の故郷の人々が外に出たがらないことが本当に嫌だったし、中国の美大に全く魅力を感じなかったんです。中国の美大は同じ教授たちが長い間ずっと教鞭を執っていて、学生たちが新しい作品や潮流を生み出そうとすると、とても否定的な態度を取ります。学生の個性を潰そうとする感じです。中国には制作のための基礎科目があって、学生はみんなそれに倣って作品を作るので、同じような作品ばかりができます。大量生産されたプロダクトと何が違うのかわからないんです。

--それであれば、中国国内で活躍する作家は何をもって<成功>とするのでしょうか。

マ:まずは教授と仲良くなることです。それが一番手っ取り早い手段です。中国はアートマーケットの仕組みもがっちり決まっていて、若手の作家を売ろうとしたところでギャラリーは儲からないので、若手ではなく、有名な作家の作品をなるべく取り上げます。お金があまりないギャラリーは有名作家の版画などでちまちま稼ぎます。もし若手を取り扱うのであれば、ほとんどの場合は売れやすい平面作品です。
中国人に限らずアジア人全体に言えることかもしれないですが、価値観の幅が狭いですよね。中国でも日本と同じように、大学を出て就職して、〇〇歳くらいになったら貯金はこれくらいあって、結婚して、子供持って、家買って、みたいな流れが当然という雰囲気があり、作家にもそういう<常識>を求めてくるんです。そんなことは気にしていないよ、という人も、本当はすごく意識して焦ってしまったり、途中で作家活動を諦めて就職してしまったりします。
僕は個人は、中国にいようが日本にいようが、そういった<常識>に囚われず、自分が何を作って、どんな思想を持っているかみたいなことを磨き上げ続けていきたいんです。中国のマーケットは本当にお金のことしか考えていなくて、それが分かるから中国の美大の学生もそれに倣って、立体作品ではなく平面作品を作ります。僕はそうやって、自分の中にあったかもしれない可能性を、自分で潰して閉ざしてしまうみたいなことはしたくないんです。中国国内の作家の多くは、絵は確かにうまいんですが、面白い作品はほとんどないです。

--一方日本では、と言いたいところではありますが、日本も遠からずの現状のように思います。

マ:日本でも村上隆や奈良美智のような作家がうまくいって、こういう作品が良いとされるのかとなると、同時期に一定数同じような作品が増えますね。大学にいると、まるでコピー機のように同じような作品が作られたりします。僕は流れが早いこの時代の中で存在を忘れ去られないように、似通ったものではなく、新しいものを生み出せないかと常に試行錯誤しています。
僕は中国・日本を含む東アジアの美術教育は全部同じだと思っています。中国や北朝鮮は偉い人、特に政治家や有名人などを美しくかっこよくリアルに描くことが大事とされていて、それが一般的なアートとして括られ、韓国と日本は<美人画>というジャンルがあって区分されています。そういった作品に対して僕は全然否定的ではないですが、いまだに東アジア人の多くは、大体がそういう<美>の作品を良しとします。僕個人としては作品を介して様々な議論を始めたいという気持ちが強いので、<美>だけでなく、僕のような作家ももっとたくさん排出されてチャンスがたくさんあったら良いなと思っています。<美術>という漢字2文字も良くないかもしれないですね。<美の術>に限らないよなと。
また、僕は展示や作品作りにおいて、<裏切る>ことを実践しています。今年の2月に東京のTAKU SOMETANI GALLERYで展示させていただいたときに出展した作品で、女子高生をモチーフにした絵画を作りました。僕の作品はこれまで、このようなタッチの作品は出てきたことがなかったので、前から僕の作品を見て応援してくださっている方々は「あんな絵も描くんだね」と驚いていました。

<さくらパレード> 2020 / キャンバスに油絵具 / 160 × 125 cm
マ・ジャホウ、キン・カイセイによる二人展 「你は何しに여기へ?」 マ・ジャホウ出展作品

僕は、今までの自分の作品の文脈が、自分によって何かしら別の方法で破られる、ということを試しています。今までは<社会の見え方>を変えようとする作品を作っていました。外国人の僕が見えている日本社会の様子を、作品を通して発表している意識です。作品の中でその国の中の問題を指摘して、気付かせていく。
TAKU SOMETANIでの展示前にどんな作品を作ろうか悩んでいた時に、SNS上でアートバブルがどうだとか、そういう話がちらほら見え始めました。その中でもアニメのキャラクターが描かれているようなアートがすごく売れているなと、じゃあ自分もそれをやってみよう!と、コンセプトを練ってあのような画面の作品を作りました(笑)。
あの作品を展示した時に、海外の日本のアニメファンと思われる方が、何名かギャラリーにいらっしゃったんです。当初は僕の作品に興味があって、かなり前向きに購入も検討してくださっているようだったのですが、僕がコンセプトを説明した途端、買いたいといっていた人たちはみんな「やっぱり結構です」といなくなってしまいました。あの作品のコンセプトはアニメアートを批判する側面を持っていたので、欲しいという人たちに、ただのキャラ絵として売りたいわけではなくてコンセプトも理解してくださいと伝えたところ、それならいらないです、と。

作家はみんな、自分の作品が売れたら嬉しいです。ですが、誰にでも簡単に渡したい訳ではなくて、やっぱり作品のコンセプト含めて良いと思ってくださる方に売りたいなと思っています。さっきも話に上がった、CAF賞に出した兵士が群をなしている作品は、兵士のフィギュアを火で溶接して平面作品のようにしているので、結構ポロポロと取れてしまいそうで危うい作品で、保管するにも結構な力が必要なちょっとややこしい作品でした。そういったこともコンセプトもお伝えした上で、とあるコレクターさんが購入してくださいました。特に嬉しかったのは、コンセプトを理解してくださった上で購入し、今も大切にしてくださっていることです。
僕は日本のことが大好きで愛していますが、あの作品は全て<MADE IN CHINA>の兵士のフィギュアで作られていて、<日本を侵略する>というある種反日的な思想をあえてコンセプトに持たせています。僕のちょっとした悪ふざけの作品でもあるんですが、こういうことがリアルに日本で起きてしまわないように、警告のような意味で作っているんです。好きだからこそ社会、ひいては政治などに疑問や皮肉を投げかけて、僕なりに日本をよくしていきたいと思っているんです。
あの作品のコンセプトをちらっと聞いただけの方とかに「それなら中国に帰ったら?」を言われることもあって、それを言われてしまったらそれ以上議論ができなくなってしまいます。どの国も問題は抱えているはずで、住んでいる国、その社会、政治の問題に向き合って、自分が見つけた問題をみんなに知らせることが作家の仕事の一つだと思っています。その気づきを解決していくのは政治家の仕事ですが、おかしいと思うことを表明していくのは作家の大切な仕事です。

--今回の個展はどういう経緯で開催されることになったんでしょうか。

<挨肩擦背> 2021 / プラスチック、エナメル / 10.4 × 17 × 5 cm
今月末よりARTDYNEにて開催のマ・ジャホウ個展 「Involution Society」 出展予定作品

<i hate you all> 2020 / オーブン粘土 / 10.9 × 18 × 7 cm
今月末よりARTDYNEにて開催のマ・ジャホウ個展 「Involution Society」 出展予定作品

マ:去年の11月頃、今回展示するARTDYNEに展示を見に伺って、その際オーナーの方に、展示しませんかとお話をいただきました。ARTDYNEはアーツ千代田3331というアートセンターの中に入っているんですが、HPを見たときに「3331の中で一番小さいギャラリーです」と書かれていて「これだ!」と思いました。中国のギャラリストは「うちのギャラリーがいかに大きいか」を言って誘ってきます。今回はその全く真逆だなと。もちろん作家としてはスペースは大きければ大きいほど嬉しいですが、僕は小さいスペースというのに魅力を感じて、こちらを使わせていただくことで自分の中で新たな挑戦ができそうだと思いました。
去年からのこのコロナ禍で世界各国鎖国状態になっている中、ストレスなのか、見つめ直す時間が長かったのか、いろいろな国や人同士の争いみたいなものがはっきり見えてくる場面が多かったです。本来はある一定のレベルまでの環境や条件で充分だった物事が、あっちがそうだから、あっちには負けたくない、あっちのこの点は許せない、と言った応酬で我慢の限界を突破して、負の連鎖でダメになってしまう物事をたくさん見ました。人は本当に必要なものは実は手に入っているのに、貪欲にもっともっと誰よりも、と求めてしまう。今回の個展タイトルである「Involution society」は<内巻き思考=他人より優れていなければ己の存在が危うい>という意味で、展示もそのタイトルに沿った、現代社会の混迷を僕なりに表現した作品を出展します。こういったコロナ禍の状況においてこそ、争ったり負かそうとしたりせず、みんな手を取り合って助け合うべきです。一側面から見ると嫌なことでも、別の側面から見るとそうではないかもしれない。視点を変えるだけで問題が解決するかもしれない。今回の個展では、ギャラリーの壁に小さなフィギュアを等間隔につける作品を発表するんですが、そういった<視点を変えて、みんな平等だよ>という思いを込めて作っています。
出展予定の作品の中に一つだけ<競争>をコンセプトにした作品があります。全部僕が手作りした、プラスチックの金と黒の、これもまた人型の群の塊の棒からなるジェンガの作品です。もし購入希望者が複数いた場合はそれぞれそのジェンガで対決をして、勝った方にご購入いただきます(笑)。コレクターの方が僕が作ったジェンガ作品で勝負する、というのは、この展示において意味があると思うのです。

<Jenga> 2020 / ミクストメディア / サイズ可変
今月末よりARTDYNEにて開催のマ・ジャホウ個展 「Involution Society」 出展予定作品

ジェンガ作品のジェンガで実際に遊ぶ様子

それから、今回の展示ではギャラリーの中にギャラリストも作家も入ってはいけない、というルールを決めました。鑑賞者の入場も、ギャラリーの中には常に一人のお客さんしか入れないようにします。争い、競争というのは他人がいるから発生します。<競争がない世界>が今回の大事なテーマの一つなので、鑑賞者にもコンセプト実現のためのご協力をお願いさせていただきます。僕は展覧会というのは、鑑賞者がただ作品を見るだけではなく、作品と協働するというか、プラスアルファの鑑賞体験もあったら良いなと思っています。

--今年の2月のTAKU SOMETANI GALLERYでの展示とは全く異なりますね。

マ:そうですね、今回も<自分を裏切って>展示します(笑)。前回のTAKU SOMETANI GALLERYの展示では、同じく中国出身のキン・カイセイさんと一緒に二人展を行い、僕たちは<観光客>という設定で展示を作り上げました。オーナーの染谷さんに許可を得て、ギャラリー内にこれでもかとひまわりの種の殻や飴の包紙を撒きました。中国でよくある光景を再現したんですが、展示写真を撮って中国の僕の友達に送って見せたときに、そういう展示なんだねという薄い反応で、僕の両親、特に父は写真を見た途端「早くそのひまわりの種を片付けなさい!汚すぎる!」と僕に激怒しました。でも一方で、実際鑑賞しにいらしてくださった日本の方の多くは「面白い、すごい空間だ!」と言って喜んでくださいました。どの反応も全部僕が求めていたものだったので、とても嬉しかったです。僕たちはただギャラリーを汚したかったわけではなくて、他国(僕らの場合は中国)の問題を日本に持ってきたつもりだったんです。

マ・ジャホウ、キン・カイセイによる二人展 「你は何しに여기へ?」 開催時のTAKU SOMETANI GALLRYの様子

全然話は変わりますが、僕は2ちゃんねる(=日本最大級の匿名掲示板サイト)を見るのがすごく好きなんです。来日当初からずっと見ています。いわゆる<ネトウヨ(=ネット右翼。ネット上で右翼的な言動を展開する人々のこと)>と言われる人たちの発言を読んだりして、あぁこの人たちは僕と同じだなと。要は、日本を愛しているんだなと。愛し方が違うけど、各々日本が大好きなんです。2ちゃんねるのスレッドの中には中国人についてもよく書かれていますね。中国人観光客のマナーだったり、特に近年だと爆買いやポイ捨てと言った、日本人にはあまりみられない行儀の悪さがネット上に悪口として書かれています。ところが、コロナ禍になって中国人観光客が激減して、ネトウヨ的には理想的な現実になったと思ったんですが、新宿や渋谷に行くと、依然としてポイ捨てされているんです。それで、日本人もポイ捨てをしていることがわかりました。僕は誰が悪いとかそういう話をしたいのではなくて、人種がどうとかでなく人間とは、環境や条件が許せば・許されると思ったら、誰しもそういうことはしてしまうと思うのです。観光客であっても、何人であっても、ここにいる人たちはみんな日本が好きだから来ているんだと思うんです。そういうネットの中の日本人はこの美しい日本を守るために発言に棘を出しているのかもしれませんが、中国人観光客は日本をダメにするために、嫌いだからそういうことをしているわけではないんだよ、というのがいつかわかってもらえたら嬉しいです。そう言う問題提起があっての、あの展示の展開でした。もちろん何人でもどこの国でもポイ捨てはダメです(笑)。
こういった、大問題ではないかもしれないけれど、多くの小さな問題は過ぎていく時間の中で誰も関わらず人ごとのように受け流されてしまう。展示という些細なアクションではあるけれど、何かの気づきのきっかけになって欲しいんです。どの国の人も自国のことは愛していますね。でも、ただ自国を褒めるだけでなくて、もっとより良い国にしていくために問題やおかしいと思うことに向き合っていくべきだと思っています。

--マさんは冒頭の、故郷・西安の閉じこもった雰囲気から外へ出るというお話もそうでしたが、常に今ある環境から飛び出して、より良いものに変えていきたいという気持ちが強いんですね。

マ:なぜ僕がアートを作るか、という話ですが、アートは未来の人々に残していけるものですね。やはり、未来は今よりより良いものであってほしいです。例えば100年・200年後、今の中国がもしかすると全然変わって、共産主義から資本主義に変わったりとかして、今の中国は昔のソ連みたいな形で、歴史の一部として風化していくとき、そのときはあのアイ・ウェイウェイですらも過去の人となってしまう。それでも未来のために何か良いものを残していけないか、僕はいつも考えながら制作を続けています。

--マさんは今後も日本を拠点にご活動される予定ですか。

マ:僕は日本に来た時から「ここが僕の居場所だな」と思っているので、これからも日本にいると思います。運命みたいなものです(笑)。過去にはドイツや他国に行こうかな、と思ったこともありましたが、きっといずれ自分が立派な作家になれば、自分が今選択しなくても行くことになるだろうと思ったんです。自分が今直感的に思っている、ここ(日本)だな、と言う心の声に従おうと思っています。中国に帰る、と言う選択もなくはないんですが、実は僕の父が共産党員で、僕のこの作家活動が父・そして僕のお互いのキャリアにどれほど影響を及ぼすかがちょっとわからないので、積極的に帰るというのがしづらい状況ではあります。もちろんいずれは中国でも展示をやりたいです。

--中国における現代美術家の活動は、他のどの国と比べてもなかなか厳しいものがありそうです。

マ:以前、深セン市出身の作家さんから「中国国内でどこまでやったら逮捕されるか実験した」と言う話を聞かせてもらいました。実は意外と、僕みたいな現代美術家であれば中国国内でもそれほどガチガチにマークされたりはしないんですが、その作家さんは深センの街中の壁に2年近い歳月、中国の大統領・習近平国家主席に対して批判的な言葉の落書きを続けていたんだそうです。
夜、人通りが少なくなった頃を狙って、ありとあらゆる批判を書いたと。中国には街の清掃員のような方がいるんですが、朝その落書きを見つけると、あまりにもマズいことが書かれているので誰にも見られないよう素早く、全力で消すそうです。それでまたその晩書いて、朝になったら消して、書いて、消してのいたちごっこ。2年経ってその作家さんはようやく逮捕されたそうなんですが、禁錮3ヶ月だったそうです。
中国国外の人たちから見た中国は、上の圧力がとても厳しくて常に目を光らせていそうだと思われるのですが、ただ中国人ってそもそもでいうと、ルールがあってもすごく大雑把なので(笑)、思われているほど厳しくもなかったりします。この落書きは清掃員の人がすぐに消していたのでバレにくかったそうですが、消し忘れたところが1週間くらい消されないまま放置されていて、その間清掃員も街の人も誰も気づかずそのままだったそうです。それでようやく気がついた警察官が「なんだこの落書きは!」となって、犯人逮捕に至ったそうです。2年もかかっています。その消し忘れがなかったらバレることもなかったのだろうかと。報道のイメージより意外と緩いなと思いました。

--マさんは来日されて6年が経ちましたが、その経過の中で、外から見た中国や日本にいる理由というのも変化していったんですね。これから日本を拠点とし、アジアから全世界でご活躍される未来が楽しみです。

マ:作家業はやっぱり厳しくて辛いので、大学2年生の頃一時は精神的に参ってしまっていたこともありました。作家になるか就職活動をするか、本当に悩みました。どうせ就職してしまうなら、何か自分の作家人生の中に爪痕を残したいなと。それでCAF賞に応募してみたら入選して、そのあとはギャラリーで個展の話が来たり、太郎賞に入選したりして、そんな流れがあって、「やっぱり作家活動を続けていきたい」と自分の中で覚悟が決まった感じです。作家を続ける理由はなんだろうと考えたときに、僕は作家でありたいというより、僕は自分が見たい景色・風景を作り続けていたいんだと気がつきました。アジアから世界へ活躍の幅を広げていく作家になりたいです。
5月下旬にも東京都内でグループ展に参加します。今月末からの個展と来月と、全く違ったものを出展していきますので、ぜひたくさんの方にお越しいただきたいです!

開催概要

タイトル:マ・ジャホウ個展「Involution Society」
会期:2021年4月29日(木・祝)~2021年5月16日(日)12:00~19:00
  *GW中営業、5月6、10、11、12日は休廊
会場:ARTDYNE(東京都千代田区外神田6-11-14・3331 Arts Chiyoda 211号室)
https://art-dyne.com/art/

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馬嘉豪 | Ma JIAHAO

1996 中国・西安生まれ
2016 多摩美術大学美術学部絵画学科油画専攻 入学
2020 多摩美術大学美術学部絵画学科油画専攻 卒業

個展
2020 「燎(リャオ)」TAV GALLERY(東京)
2018 「霾(PM2.5)」TAV GALLERY(東京)
グループ展
2021 「你は何しに여기へ?」 TAKU SOMETANI GALLERY(東京)
2020 「東京五美術大学連合卒業・修了制作展」国立新美術館(東京)
2019 「MID CORE」TAV GALLERY(東京)
2017 「CAF賞2017入選作品展覧会」

賞歴
2020 「多摩美術大学 福沢一郎賞」入賞
2019 「第22回岡本太郎現代芸術賞」入選
2017 「CAF賞2017」入選

Contemporary Art Foundation