INTERVIEW

Artists #21 やましたあつこ

今月2日よりやましたあつこさんが東京・銀座蔦屋書店にて個展を開催されています。やましたさんはCAF賞2017(https://gendai-art.org/caf_single/caf2017/)で入選、現在は東京を拠点に作家活動をされています。
やましたさんはこれまで、ご自身の内生的な物語をドローイングの手法を交えて描き、私たちが生活の中で直面する感情の複雑な動きについて探究し制作されています。今回はやましたさんのご経歴や制作活動についてのお話を伺いました。


--やましたさんは2018年に藝大をご卒業され、その後は大変精力的に作家活動されていらっしゃいます。

やました:作家はみんなそうだと思うのですが、卒業してすぐは、未来のことや作家活動のことなど全てがとても不安でした。「学生」という肩書きがなくなって、就職をしたわけでもなかったので、一時期は「この社会にとって、私とは一体なんなんだろう」という感じで悩んでしまいました。それでも作家としてやっていくために自分に喝を入れて、最初の一年は東京だけでなく関西も含めた全国の様々なギャラリーに、自分の作品を持ち込んで見せに行って、何か今後の活動に繋がっていけるチャンスがないかと探し続けていました。
学生の時はギャラリーというものをよく理解していなくて、<コマーシャルギャラリー>なるものを初めて知ったのも卒業する4年生の時とかで、自分から行動を起こしてあちこちを訪ねるのは、美術界の社会勉強の時間でもありました。ギャラリーへの訪問だけでなく、繋がっていった美術関係者の方と直接会ってお話を聞いたり、公募に出したりすることも同時に挑戦していました。その活動をしている合間に、学生時代にお声がけいただいた美術関係者の方から、個展の機会を少しずついただいたりして、制作へのモチベーションや気持ちが下がりきることなく、なんとか頑張っていたという状態でした。こういった展示の機会がなかったら、なかなか思うようにいかない作家活動のために、精神的に落ち込んでしまっていたかもしれなかったです。それで、卒業して1年経った頃にはギャラリーでの展示もいくつか決まったり、ようやく少しずつ機会が巡ってくるようになりました。

2018年MAKII MASARU FINE ARTSでの個展「In the flower garden」展示の様子

2020年TAKU SOMETANI GALLERYでの個展「Utopia」展示の様子

--外から見ただけではわからない苦労をたくさんされていらっしゃったんですね。

やました:そうですね。最初は本当に名前も知られていないギャラリーで個展をしていました。地道に続けていたSNSでちょっと知ってもらっていたおかげで、作品を買っていただく機会があったりとか、最初から何でもかんでもチャンスやコネクションが飛び込んできたわけではなく、トライアンドエラーを繰り返しながら努力を重ね、とても地道に活動の幅を広げていった感じでした。

--当時からやましたさんのSNSを拝見させていただいていましたが、いろいろな場所でお名前を拝見しました。

やました:はい、まずは多くの人に自分の作品と名前を覚えてもらうことが先決だと思って、あらゆるところにアンテナを張って頑張っていました。SNSは今も定期的にコツコツ更新を続けています。あとはさっきも言ったようにCAF賞のような公募に参加したり、自分の作品と自身の知名度を上げるために挑戦し続けていました。

群馬青年ビエンナーレ2017・奨励賞受賞の作品<星の降る夜に>

シェル美術賞2018・藪前知子審査員賞受賞の作品<月が綺麗ですね>

群馬青年ビエンナーレ2019・入選作品<君の名前で僕を呼んで>

なんとなく美大生みんなが思っているというか、一つ望んでいる作家キャリアのスタートの形というのは、卒業制作をギャラリストやキュレーターの方に見てもらって、そこからギャラリーに所属して展示して、みたいな流れなのかなと思うんです。ですが、私の場合はそう言った機会は一切なくて、周りでもなかなかそう思うようには行かず、卒業したらやっぱり自分で道を切り拓いていくしかないんだと思ったんです。
卒業してすぐの頃、藝大の仲間と一緒に東京・葛飾区で「スタジオもかぁ〜」(2021年3月に閉鎖)という共同アトリエを立ち上げて運営し、オープンスタジオを開催したりもしました。このスタジオで得たご縁も現在の活動にもつながっていたりして、大変ではありましたがなんでもやってみる、というのが卒業後当初から一貫してあった思いです。

スタジオもかぁ〜(2021年3月に閉鎖)のやましたのアトリエの様子

私のイメージかもしれないんですが、今目立って活動している作家って、いきなりバーン!と登場みたいな方が多いように思うんです。ある時突然見出されて、名だたるギャラリーで展示して、所属して、みたいな。そういったことはもちろん実力があるというのは前提として、とはいえ運と言ってしまったらそれまでで、そうそう誰にでもあるチャンスではないと思うんです。それに、ある種、その<跳ね上がり>みたいな流れも、卒業したてだったり、あるいは在学中の若い作家にとっては、右も左も分からない全く未知の世界に急に放り込まれ結構コクだったりします。訳がわからないままマーケットの荒波に飲み込まれてしまいそうになって、慎重に良し悪しを判断する前に急激に消費されてしまう可能性が高いからです。だからと言って、私がやってきているように地道にコツコツと、というのも本当に精神的にきついので(笑)、作家活動としては何がベストかというのは一概には言えないです。ただ一つ言えるのは、美術界やマーケットの勉強や、自分でコネクションを広げていくというのはとても大切だということです。そういうわけで、作家活動というのは、「サバイブしていく」という言葉がぴったりかもしれません(笑)。

--現在のご活躍の幅はまさに「サバイブ」されている結果ですね。

やました:ずっと私がこうしてサバイブできてきたというのも、ありがたいことに展示の機会が途絶えることなくあったから、というのは本当に大きいです。ずっと応援してくださっている方がいるからできることで、一人だけでは絶対に途中で折れてしまっていたと思います。応援していただける機会がない、という状況だと、永遠に独りで戦っているような気がして苦しくなってしまいます。活動が続けられているのは、みなさんのおかげだといつも心から感謝しています。

--やましたさんは活動初期から、内生的な物語をペインティングに描き起こしていらっしゃるとお聞きしました。CAF賞に出していただいた作品もそうでした。

CAF賞2017入選作品「You'll never know how much I love you」
写真:木奥恵三

やました:そうですね、物語を描いています。物語を描き始めたきっかけというのが、学生時代に絵のモチーフに困っていた、というのが大きいです。美術予備校に通っていた時や受験時などは「これを描いてください。」と何かモチーフやテーマを与えられるわけですが、実際大学に進学すると「自由にやりなさい」というスタンスになるので、私は何を描きたいのか、何を描いたらいいのか、というのがわからなくなってしまいました。それで、人を描くことが好きというのはわかっていたので、最初は自分に近い人、例えば家族や恋人をたくさん描いていました。でも、家族や恋人は自分に近い存在と思っていましたが、その人の気持ちまで全部わかるわけではないと気が付き、その上会わないと描けないというのもあって、無限に描けるモチーフではないのではと思い始めたんです。では本当に自分に近くて無限に描けるものはなんだろう、と再考して思い浮かんだものが、小さい時から自分が頭の中で作っていた物語だな、と気付いたんです。

小さい時は人形遊びをすることが好きで、遊ぶ時はこの人形はこういうキャラクターでこんな性格の持ち主で、こんな話で遊ぼう、みたいな感じで遊ぶんですよね。それが小さい時からの癖で、話・物語を考える、みたいなことは、今でもずっと頭の中に出来上がっているんです。現実の世界で嫌なことがあると、ストレスを真正面から受け止めないように、空想して嫌な気持ちやストレスを紛らわす、というか。その時だけが自分が守られている状態のように感じたんです。だから、私にとって頭の中の物語は居心地が良くて理想的で、とても大事なものなんです。小学校の時には病気を持っていて、普通の子と同じような生活が送れないこともあって、他人と比べちゃってなおさら内にこもってしまっていて、物語を作ることは遊びの一種だった一方で、私が生きていくためのライフラインみたいなものでした。

これだけ自分に一番近くて大事なものだったこともあり、そんな内生的な物語を他人に見せてしまっても良いのかという思いから、私はそれまでなんとなくその物語を描いてはいけないなと思っていたんです。絵にするというのは気が引けてしまっていたんです。「これは私の空想で作った物語です」と言った時に、誰かにもし「良くないね」と言われてしまったら、作品だけでなく私自身も否定されてしまうように思って、とても怖かったんです。
でも大学2年の終わり頃、モチーフのネタがいよいよ尽きてしまって、家族や恋人を描いていてもなんか違う、という違和感がずっとあったりして、絵を描くことが楽しくなくなって苦しくなってしまったんです。絵を描くことが好きだから藝大まで行ったのに、一体何してるんだろうとすごく悩んでしまいました。それで、もしかしたら私が本当に楽しく描けるものは、自分が頭の中で考えている物語なのかもしれない、と、その時ちょうど大学の春休みで、教授に見られて講評されるわけでもないし、それならとりあえず思ったように描いてみようと物語を実際絵におこしてみたら、ぴったり自分の型にハマったんです。それからは絵を描くことがまた楽しくなって、すごい勢いで描けるようになっていきました。これだったのかと。

東京藝術大学在籍時のやましたのアトリエの様子

--現在開催されている銀座蔦屋での展示や、つい先日まで開催されていたbiscuit galleryでの個展で出展されていたオレンジ・金色の画面が鮮やかな作品も、この物語から生まれているんですね。

やました:そうですね、どちらの展示もシリーズの<最新話>みたいな感じです。全て新作を展示しています。

現在開催中の銀座蔦屋書店新作展示での一部作品の様子

<赤い天使> 2021 / キャンバスに油彩 / 80.3 × 65.2cm

今回の蔦屋さんでの展示は作家仲間が、担当者の方を紹介してくれたことがきっかけで展示することになりました。biscuit galleryの展示は旧作と新作どちらも出展しました。いずれも私が物語を描き始めた初期から登場する<二人>の話を描いていて、新作ではその二人が出会った頃を回想している、という場面を描いています。回想しているシーンというのは旧作(CAF賞に出していた作品)に描かれていた場面で、その初期作品も新作と一緒に並べることでリンクさせています。それから、私の個展と一緒に藝大の後輩でもあるミノリさんという作家も別の階・同じギャラリー内で個展をしていました。学外でこう行った形で協働できて嬉しかったです。

私が知る限り、同級生でも美術予備校に通う学生でも、作品を作り始めたきっかけって、やっぱり小さい時から絵が好きとか、工作が好きとか、そういうプリミティブな感覚から作品を作り続けている人がほとんどだと思うんです。だから極端な話、作品を作り続けているのは「好きだから作っている」ということなんです。でも現代美術というと、コンセプト重視というか、作品にはビシッとしたコンセプトがある、という暗黙のルールがあるように思って、コンセプトを練らなくてはいい作品にはならない、みたいな雰囲気があって、個人的にはそれは違うのではと思うんです。
学生時代はそんな雰囲気があったこともあって、私の極私的な物語を描くというのをためらってもいたんです。油画の人はみんな絵を描くわけではありませんが、私は絵が好きで美術大学に入ったわけで、「絵が好きで、描くことが楽しい」という純粋な気持ちは尊重するべきだなと思っています。確かにルールやコンセプトというのは無視できないかもしれないけれど、私みたいに好きなことを絵にしているという作家が一人くらいいたっていいんじゃないかと思うんです。自由にやっている人がいて、なおかつそれで有名になれたりしたら、一つの新しいモデルケースにできるだろうなと。そしたら今後続いて活躍していく若い作家たちへの貢献にもなるかなと思うんです。

--鑑賞者側も、作家さんご本人の気持ちを作品から汲み取ったりしますね。楽しく作られた作品は、見ているこちらも「きっと楽しんで作ったんだろうな」というのがわかります。

やました:そうですね。それでオッケーだなと思うんです。その上で私の作品が好きです、といってもらえたりしたら本当に嬉しいですし。コンセプトとかもいらないし、私の絵を見て好きじゃないなと思われてもそれはそれで構わないし、そもそも作品ってそういうものなんじゃないのかな、と思うんです。私はその気持ちでどこまで作家として登れるか挑戦してみたいんです。作品を作る過程で文章が出てくるならわかるんですが、作品を作ってから文章を作るのって、それは違うんじゃないかと思うんです。みんな、<作った理由を作ること>で苦しんでいるので、そうじゃなくたって成立するんだよ、と、私がその新しい道をグアーーーっと塗装して道路工事したら、後に続いてくれる作家も進みやすいんじゃないかなと(笑)。実際私の卒業制作を見た受験生の子に「やましたさんの作品を見て、こういう形でも良いとわかって、藝大に入りたいと思いました!」と言われたこともありました。その言葉はとても嬉しかったです。

--制作をしていく上で、やましたさんにとってルーティンなどあったりしますか。

やました:どこへ行く時もノートと鉛筆を持ち歩いています。散歩している時でも人と会って話している時でも、何か気付いたり浮かんだものをちょこちょこっとノートに書き留めたりします。それから自分は体力があまりないんですが、制作ってとても体力を消耗する作業なので、すぐに寝れるようにアトリエには必ず枕や布団があります(笑)。休憩を挟みながら制作を進めています。

現在、東京都・ART FACTORY城南島で借りているやましたのアトリエの様子

それから、コロナウイルスが蔓延する前の話でルーティンではないのですが、制作に本腰を入れる前に海外旅行によく行きました。私は自分が見たことがないものを見るのが一番インスピレーションを受けるので、欧米や東南アジア、東アジアなど様々な国に行きました。過去、自分の作品のシリーズ・展示の節目は大体海外に行ったことが影響していたりもして、画面にも少なからず影響がありました。過去にはフランスで滞在制作する機会もありました。友人がパリのレジデンシープログラムに参加していて、その施設を私もお借りする形で、1ヶ月滞在しましたね。

フランス・パリ滞在時の様子

これはパリの話ではないんですが、以前友達とグアムに行った時、タクシーでぼったくりに遭いそうになって、運転手と大げんかしたこともありました(笑)。そんな値段はおかしいでしょうとこちらが指摘したら、「これは今この会話をしている時間代が含まれているんだよ!」とか言われて、それまでは英語で戦っていたんですが最終的には日本語で怒って、多く支払い過ぎた分のお金を運転手からもぎ取るように取り返したりしました(笑)。そんな事件が起きるのも海外ならではですよね。今は世界中で他国へ訪れる、みたいなことがしづらい状況で、正直苦しいなあと思っています。だから落ち着いたら、国内でも北海道とか、少し東京からは離れたところに行ってみようと思っています。
最近はありがたいことに展示やフェアの参加など続けてやらせていただいていたので、これからはインプットの時間をしばらく持ちたいと思っています。頑張り続けることも大切だけど、しっかり休む、ということもきちんとやっていこうと思っています。

--充電期間を経て、またさらなるご活躍を拝見させていただきたいです。

やました:8月に渋谷・文化村でグループ展が予定されていて、10月には恵比寿のNADiffで個展の予定があります。文化村の展示に出展する予定の作品はもう出来上がっています。10月のNADiffはこれから取り掛かろうと思っているのですが、それこそまずはインプット、しばらくお休みをして十分に充電したら個展のために描きあげていこうと思っています。
将来的には日本を拠点に海外で活躍するようになりたいです。まだ実現までは遠いかもしれないですが、中国のギャラリーから声をかけていただいていたり、ちょっとずつきっかけは掴みかけているので、年内には国外での展示の機会のチャンスに巡り合えるよう、もっと活躍の幅を広げていきたいと思っています。


開催概要

タイトル:やましたあつこ個展 新作展示
会期:2021年6月2日(水)~2021年6月29日(火)
  *終了日は変更になる場合があります。
会場:銀座蔦屋書店(東京都中央区銀座6-10-1 GINZA SIX6階)

https://store.tsite.jp/ginza/event/art/20244-1045000525.html

やました あつこ | Atsuko YAMASHITA

1993 愛知県生まれ
2018 東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻 卒業
 
個展
2021 「画集『HER』出版個展」SHIBUYA TSUTAYA(東京)、「やましたあつこ新作展示」銀座蔦屋書店(東京)、「花びらのワルツ」biSCUIT gallery(東京)
2020 「パン屋と絵 #11 やましたあつこ」ドイツパンの店タンネ(東京)、「Utopia」TAKU SOMETANI GALLERY(東京)
2019 「HER」TAKU SOMETANI GALLERY(東京)、「Dis-appear in Light」中目黒 epulor(東京)、「君の名前で僕を呼んで」MAKII MASARU FINE ARTS(東京)
2018 「In the flower garden」MAKII MASARU FINE ARTS(東京)、「lovingly yours」京都町家(京都)
2017 「I cried, because I love you.」新宿眼科画廊(東京)

グループ展
2020 「燦三と照りつける太陽で、あつさ加わり体調を崩しがちな季節ですが、規則正しく健やか奈日々をお過ごしください。展」西武渋谷(東京)、「2020年第3期コレクション展」愛知県美術館(愛知)
2019 「やましたあつこと三瓶玲奈 -絵画- 」TAKU SOMETANI GALLERY(東京)、「青山道アートフェア」additional gallery(東京)、「群馬青年ビエンナーレ2019」群馬県立近代美術館(群馬)
2018 「シェル美術賞展」国立新美術館(東京)、「3.11チャリティーオークション@3331 ART FAIR 2018」3331アーツ千代田(東京)、「ワンダーシード2018」トーキョーアーツアンドスペース(東京)
2017 「CAF賞2017」代官山ヒルサイドフォーラム(東京)、「芸大アーツイン丸の内」新丸ビル(東京)、「TRANS ARTS TOKYO」大手町・丸の内・有楽町エリア(東京)、「群馬青年ビエンナーレ2017」群馬近代美術館(群馬)、「ターナーアワード2016」ターナーギャラリー(東京)、「無二無二」3331アーツ千代田(東京)
2015 「TETSUSON」3331アーツ千代田(東京)

賞歴

2019 「群馬青年ビエンナーレ2019」入選
2018 「シェル美術賞2018」藪前知子審査員賞、「ワンダーシード2018」入選
2017 「CAF賞2017」入選、「群馬青年ビエンナーレ2017」奨励賞
2016 「ターナーアワード2016」優秀賞
2015 「ターナーアワード2015」入選、「ビジュアルアート大賞」柳沼信行賞

パブリックコレクション
2019 愛知県美術館 収蔵

Contemporary Art Foundation