東京、清澄白河。このほどリニュアールオープンを遂げた東京都現代美術館から徒歩数分の距離にあるKANA KAWANISHI GALLERYでは、CAF賞2016で最優秀賞を受賞した表良樹さんの個展が開催されています。
表さんが「これまでやってきたことの一つの集大成」という、「等身の造景」と題された本展でまず目を引くのは、CAF賞や、先頃参加した「群馬青年ビエンナーレ2019」にも出品していた「Tectonics」シリーズの一作です。ギャラリーのフロアに並べられた本作は、ポリタンクやペットボトルなどの雌型に着彩したポリエステル樹脂を幾層にも流し込み、固めたものを破壊し、並べて再構成したもの。構造地質学や地殻変動を意味する「Tectonics」という語句や、さながら地層のように層をなしている作品の断面からは、大地や鉱物といったものが想起されます。
一方、両壁には大きな円形の作品が、ちょうど「Tectonics」を挟むように向かい合わせで展示されていることに気づきます。乱気流を意味する「Turbulence」と名付けられたこのシリーズ。鏡面にはうっすらと雲の模様が浮かんでいます。向かって右手の作品は朝陽のようなオレンジに、左手は夕闇を思わせるような紫と青… 。
「このギャラリーには正面があって、入ってすぐ一つの空間が出迎えます。このセンターにどん、と作品を置くのではなく、中心を作らず全体で一つのインスタレーションとなるように構成しました。イメージはランドスケープ。ギャラリーの中に一つの風景を作ることがテーマです。立つ自分がいて、地面の下に広がる風景(「Tectonics」)と、頭の上の風景(「Turbulence」)があって、太陽が東の空から上がって西の空へと沈んでいくような過程を表現しています。」
日本庭園に自身の制作のテーマに通じるものを感じると言う表さん。そう思うと、フロアに並んだ「Tectonics」は龍安寺の石庭のようにも見え、確かに表さんの作品は「造形」よりも「造景」と呼ぶのが相応しいと思えてきます。
表さんの手によりホワイトキューブに出現したこの壮大なランドスケープ。ここで注目したいのは、今回がほとんど初のお披露目だという「Turbulence」でしょう。これまで一貫して山や大地、地層などをモチーフに彫刻やアースワーク的な作品を手がけてきた表さんには珍しく、本作は壁掛け作品となっていますが、表さんはこれを「絵画」とはとらえていないと言います。
《Turbulence #2》(2019)
「自分の作品が壁にあるということにリアリティを持てなかったんですね。彫刻には、そこに確かに存在していて、重力がはたらいて、重さがあって、という物質的な制約が必ず発生してきます。僕にとって作品が壁に掛かっている状態というのは、そのこと自体重力に反発しているイメージがあって、壁にどう掛かっているかといった仕組みも構造も無視して、ただそこに漂うような作品を作ってみたかったんです。そこに、空気や大気といった抽象的なものを形にしたいという思いが合わさり、このシリーズが生まれました。」
当初は染料を気化させて布に定着させようとしてみたり、今の手法を四角い画面に展開したところ「絵画」と認識されてしまったりと、今回出品している形に到達するまでには試行錯誤を必要としたといいます。実際は壁掛けであっても、表さんにとって本作は空中に「漂う」イメージ。空気や大気の「彫刻化」が、ここでは試みられているのです。
こうして「彫刻」にこだわりを見せる表さんですが、その制作の原動力となるものはなんなのでしょうか。
「彫刻を学んで得たものは僕の制作のベースにありますが、それに縛られたくもないんです。むしろ、制作に向き合う中で感じ取った感覚や、疑問に感じたこと、それが今に繋がってる気がします。これを表現したい、って強く思うものがあるわけではなくて、出発点は自分の身体感覚や、生きている中での些細な疑問だったりする。『Turbulence』も、今拠点としている取手に移り住んだ時に、取手の空って広いなって感じたことから出発しているんです。」
《Tectonics_drums #1》(2019)
これこそ、今回の個展タイトル「等身の造景」に込められた真意だと言えそうです。過去のアーティストステートメントで、表さんは「『大きな運動や成り立ち』を日常の大きさに置き換えたい」と語っていますが、大地や大気のようなスケールの大きなモチーフが、ごく身近な、等身大の感覚や疑問から出発しているというのが、表さんらしい視点ではないでしょうか。
「例えば、石より水のほうが軽く、水より雲のほうが軽い、それが地球レベルで積み重なって層を作っているんだ、などと想像するのが好きなんです。この手のひらの中の砂がどこかへ行ったとしても、分子レベルでなくなることはなくて、かたちを変えてこの一つの大きな地球の中にあり続ける。そういう大きな存在を自分の制作に引きつけているような感覚ですね。」
《Tectonics_bottles #27》(2019)
「Tectonics」シリーズは、ポリバケツやペットボトルを用いることから、環境問題に取り組んだ社会的な作品だと受け取られることもあるといいますが、ここでは、プラスティックは表さんにとっての「日常」です。そもそもこのプラスティックはどこからきた、何でできているんだろうという疑問から出発し、それが地球規模のスケールへと展開されていくのです。
今後は国外に行ったり、各地でのレジデンスに参加していきたいと言う表さん。万物が流転し、循環する一つの大きな地球の中で、ミクロからマクロのスケールまで自在に行き来するその作品世界さながらに、表さんもまた一粒の砂になって長い旅に出るかのようです。今後の表さんのご活躍に、ぜひご注目ください!
表良樹 個展「等身の造景」
@KANA KAWANISHI GALLERY(東京都江東区白河4-7-6 )
4月20日~5月25日 火-金13:00~20:00、土12:00-19:00、日月祝休
https://www.kanakawanishi.com/exhibition-019-yoshiki-omote