CAF賞の入賞・入選作家のご活躍をご紹介する「CAF NOTE」。第一弾はCAF賞2015入賞作家で、東京オペラシティアートギャラリー「project N」で個展開催中の大和美緒さんにインタビューいたしました。間口3.5m、奥行き37mのユニークな展示空間に大和さんはどのように挑んだのか。会場にてお話を伺いました。
大和美緒さんは1990年滋賀県生まれ。2015年に京都造形芸術大学大学院の修士課程を修了し、今も京都で制作を続けています。CAF賞のほかにもアートアワードトーキョー丸の内で13年に高橋明也賞、15年に小山登美夫賞を受賞し、国内外の展覧会やアートフェアで作品を発表している、今注目を集める若手作家のひとりです。
《REPETITION RED (dot) 15》2016年、キャンバスに油彩、100 x 100 cm、株式会社グランマーブル蔵
今回の個展で展示されているのは、赤い絵具の点が無数に並び大きなうねりを成す「REPETITION RED (dot)」と、幾重にも描き連ねられた極細の線が年輪のように層をつくる「REPETITION BLACK (line)」の、2つのシリーズから選ばれた作品群。いずれにも共通するのは、連続した一定の行為の集積によって画面が形成されているということです。例えば、「dot」シリーズのある作品では、最初まっさらなキャンバスの縁に絵具の点の連なりを一列に打ち、次にそれらの点に倣って横にまた一列の点を打つ。
「line」シリーズのある作品では、最初に一本の線を任意に引き、それに沿うように側に線を描き、またそれに沿うように線を──といったように、あらかじめ規定したシンプルな法則に従って描いていくといいます。
その緻密な仕事のため制作に要する時間も膨大で、寝食の時間以外を制作に費やし一日に14時間キャンバスに向かうことも。画面に顔を近づけてひたすらに点や線を追い、描いているうちに時間が経つのも忘れ、自分の感覚、意識、そして自分自身の身体が溶け出して作品と一体となっていくような、ある種のトランス状態に近くなることもあるといいます。
《REPETITION BLACK (line) 5》2018年、紙にインク、110 x 167 cm、 株式会社グランマーブル蔵
《REPETITION BLACK (line) 5》の部分
こうした制作手法だと、一見単調で無機質な絵画面になりそうにも思えます。しかし実際に完成した大和さんの作品には、点や線がつくる模様が揺らいだり大きく波打つ様が見られたり、細部に目を向ければ、点がまとまって線となったり、途切れたり、ふと立ち消え、また現れ出る様を見られたりと、静的ななかにもさまざまな表情が感じられます。
「どういう形になっていくかは自分でも読めないんです。ここで私にコントロールできることは限られていて、むしろ自ずと生まれる線の震えや点の大小、ブレといったものを引き継ぐように、物理的に画面に現れた形態に従って、ただただ描いていきます。例えば『line』では、平らに置いたキャンバスに落とした糸の軌跡をなぞって一本の線を引き、さらにそれを沿う線を反復して描いていきます。繰り返しの作業がはらむ微妙な揺らぎが描くにつれて増幅され、自然と大きなうねりのような形ができたりするんです。そこには、なるべく私自身の作為や故意性から作品を遠ざけて、自然に生まれる形態の力と関わっていくような感覚があります。」
《REPETITION RED (dot) 1》2014年、キャンバスに油彩、227.3 x 181.1 cm、個人蔵 (写真は京都造形芸術大学の2015年度卒業展での展示風景)
作為を徹底的に削ぎ落とし、ひたすらルールに沿って描くこと。「自己」に執着しないという、自身の制作に向かう姿勢のゆえか、学生時代には、周囲や先達のアーティストとのギャップを感じたこともあったといいます。そんななか、当時の指導教官だった名和晃平さんからの「“呼吸するようにできること”をすればいい」という言葉に気づきを得て、これが大和さんの制作の軸となっていきました。「描くというより、結晶を育てているようなイメージです。私にとって大事なのは自分が描きたい絵を描こうとすることではなく、画面に自ずと現れてくる流れや気配、摂理といったものを汲みとり、それに従って行動していくこと、もっと大きな力に対して働きかけること。それが私の仕事なのかなと思っています。」
そんな大和さんの制作に向ける姿勢はキャンバスだけに向けられるものではなく、空間に対しても向けられています。本展では、そのリニアな空間を生かして、シリーズ第1作を含む「dot」4点と「line」4点の計8点が、十分な余裕を持って配されています。
東京オペラシティアートギャラリーでの展示風景。奥行き37mのリニアな空間に8点の絵画が並ぶ
「初めて美術館で展示させていただく機会ですから、壁面を埋め尽くすような大きな画面を、という気持ちもありました。でも、そうした展示は他の機会にと考え、むしろこの特徴的な空間や導線を活かすように、作品と空間と人とが自然に関わっていけるようなかたちを探して試行錯誤したんです。」
左《REPETITION BLACK (line) 8》2018年、キャンバスにインク、150 x 200cm/右《REPETITION BLACK (line) 9》2018年、キャンバスにインク、150 x 200 cm
今回の展覧会でひときわ目を引くのは、会場冒頭で展示される《REPEITION RED (dot) 49》(2018)です。2014年に始まった同シリーズの最新作のひとつで、3分割、長さ8.4mの大作。その長さから自身のスタジオでは横に並べることができなったという本作は、奥行きの深いこの空間に展示することを想定して制作された作品だといいます。また、同じく本展に出品されている、組作に見える各1.5m×2mの大作《REPETITION BLACK (line)8》と《REPETITION BLACK (line)9》なども、向きも自由なら、バラバラに独立した作品として展示することも良しとしています。過去には窓ガラスを支持体にして外景をも取り込んだ「dot」シリーズも手がける大和さんは、一貫して展示空間やその環境に積極的に寄り添おうとしてきたのです。ここに、「作品の流れを読む」と表現する大和さんの制作スタンスにも似た、「場の流れを読む」かのような空間へのアプローチを見てとることができるでしょう。
時に「dot」シリーズの赤が血液を思わせることがあるとすれば、画面上に広がるのは「大きな力に働きかける」ためにあらゆる作為を極限まで排し、研ぎ澄ました先に遺った、大和さんの脈動の痕跡のようなものと言えるかもしれません。点々と、脈々と描き連ねられたような大和さんの作品が一点、また一点と配された空間を歩くとき、訪れる人もまた、大和さんの脈動に同期することで、大きな流れを感じることができるのではないでしょうか。
*
美術館での初展示という大きな機会を得た本展は、東京オペラシティアートギャラリーにて3月24日まで。また今年6月からバーゼルで行われるアートフェアにCOHJU contemprary artから出展するほか、丸の内に建設中のビルのワンフロアを手がけるコミッションワークも準備中とのこと。今後の大和さんの益々のご活躍に、ぜひご注目ください。
■展覧会情報
「project N 74 大和美緒」 2019年1月12日~3月24日
@東京オペラシティアートギャラリー(東京都新宿区西新宿3-20-2)
http://mioyamato.com/