INTERVIEW

Artists #5 西村有未

現在、西村有未さんの個展が京都のFINCH ARTSで開催されています。西村さんはCAF賞2016(https://gendai-art.org/caf_single/caf2016/)でペインティング《1日の不安としての食卓もしくは見えない怖さとしての双頭の花》を発表し、<保坂健二朗審査員賞>を受賞されました。
今回の個展では、西村さんが近年関心を抱いている「図形的登場人物」のポートレートに加え、今年から制作を開始された「望春の花」シリーズの作品が展示されています。

Q1.今回FINCH ARTSで個展を開催するにあたった経緯を教えてください。

ギャラリストの方が大学院時代の作品を覚えていて下さり、そこから今回の話へと繋がりました。こちらでの個展は初めてとなりますが、個展そのものは約2年ぶりとなります。

 
Q2. 今回の個展ではどのような作品を展示されていますか?

昨年から取り組んでいるロシア民話「雪娘」のポートレートと、今年から別の視点で臨んでいる「望春の花」シリーズのドローイングを中心に展示を行っています。ここでは、絵描く態度が大きく異なる2つのシリーズが並んでいます。
「雪娘」のポートレートは、元の物語では書かれていない余白部分や行間に触発され、生まれたたものです。今回は、彼女がたき火を飛び越えて消えてしまった場面を想像して描いています。こうした着眼点による作品では、テキストには描かれていないディティールを、じっくりと漉すような感覚で想像し、コツコツガツガツと積み重ねることで画面が浮かび上がってきます。(井戸掘りのようなイメージ。)ここでは、その様な行為を受け止められるような、物理的な意味で強度のある支持体が必要とされます。その為、大体がパネルの上に油彩、という形をとっています。
一方、「望春の花」シリーズは断続的かつ即興的な態度で向き合います。モチーフは花が多く、春の自粛期間中に感じたことを扱っており、日記のような感覚で描かれています。(金魚すくいのようなイメージ。)その時々に現れる最大瞬間風速を、サクッと写し取るような制作態度です。なので、素早く結果が現れる紙を支持体とし、主に水溶性の画材にて取り組んでいます。

<雪娘(『ロシアの昔話≪愛蔵版≫』、内田莉莎子訳、福音館書店、1989年、P.132-133>
2019 / キャンバスに油彩 / 530 x 530 mm
photo by Takashi Fujii

photo by Takashi Fujii

<望春の花2>
2020 / 紙に水彩、パステル、ラッカースプレー / 332 x 242 mm

Q3. 西村さんが過去数年に渡り取り組まれているテーマに「図形的登場人物」があると思います。このテーマに出会ったいきさつや、継続的にご制作されている理由を聞かせていただけますでしょうか。

まず、「図形的登場人物」について、お話させて下さい。この言葉や考え方は、民間伝承文学の研究者であるマックス・リュティ氏からお借りしたものです。私の理解で簡単に説明しますと、図形的登場人物は「物語の展開を優先する為、個人的描写や感情表現を省略された人」を指します。ここで言う物語は、常に前へ前へと進むことばかりを考えていて、彼女/彼らのディティールについて話そうとはしません。その登場人物が置かれた状況に、突発的な不条理や理不尽な出来事があったとしても、詳しい説明はされません。立ち止まらず、ずんずんと先へ行ってしまいます。最終的にも、その様相や内情には最低限の言葉しか与えられず、気が付くとお話は終わってしまうのです。リュティ氏は、まるで物語の筋を進めるためだけにあるような登場人物のことを、図形のように感じて、このように名付けたのだと思います。
次に、いきさつについてです。幼少期より、こうした登場人物たちには「グリム童話」などの昔話を通じて、触れてきました。そして、彼女/彼らにある一定の雰囲気を感じ取りながらも、幼い自分にとってそれは名付けようのないものでした。ただ、読み手として、何か置いてきぼりにされたようで、もどかしい様な不可思議な気持ちを自覚するのみです。それから20年後ほど。紆余曲折あってある時、「やはり物語を描きたい!」と深く実感しました。では、どのような物語の何を描きたいのかと自問していたとき、なぜ自分が突発的な不条理や理不尽さがあるシンプルな物語を気にするのか、疑問に感じました。こうした経緯から、野村泫氏の「昔話は残酷か」(東京子ども図書館、1997年)という本を見つけ、「図形的登場人物」という考えにたどり着きました。そこで、己の関心の矛先がはっきりしたというか、妙に腑に落ちるところがありました。そうして、当分の間このテーマを扱うことを決めたのでした。
最後に、なぜ継続的に制作しているか、についてです。「図形的登場人物」を生む物語には、話の筋を優先するばかりに、明快な情報の欠如と単純な描写があります。一方でこの余白には、むしろ説明や描写の足らなさ故に、余計にその“欠けているもの”にある重みをこちらへと想像させる瞬間があります。そして、その重みには制作へと駆り立てさせる、不思議な引力があるのです。この引力についていった先に何があるのか、それを体感しきれていないうちは、継続的に描きたいと考えています。

Q4. 自粛期間で制作された花のモチーフのドローイングが今回の個展で展示されていると思います。例年と異なる環境で制作されていた期間を経てご自身の中で変わったことはありますか?
 
近年は、「図形的登場人物」という考え方に影響され、制作内容やその態度というものは、良く言えばぶれない、悪く言えば固定されすぎるものでした。ただ、緊急事態宣言以降、ぷつん、と「図形的登場人物」への制作意欲が途切れました。そして、もっと生っぽく日記のように絵を描きたくなり、発作的な勢いで「望春の花」シリーズが始まりました。
自分は、油断すると感情に飲み込まれやすく、すると画面上の大事な瞬間を見逃すことが多々ありました。よってそれを自覚してからは、常にハンターになったような気持ちで、モチーフを選定し、画面を凝視しています。基本的にその姿勢は変わりないのですが、一方で今年は色々疲れてきて…環境の変化や心の揺れ動きがかなりあったので。制作時の緊張感はそのままに、せめて扱うモチーフをもう少し、感情にまかせっきりでもいいのではないかと考えるようになりました。そうして、気持ちを切り替え、非常に安直なのですが「苦手だったはずの以前の春のようなものへの恋しさを昇華するため」に花を描くことから始めました。(なお、花以外のモチーフも描いています。)
結果として、このような制作を続けるうちに、また「図形的登場人物」を描きたいと強く思うようになりました。このような切り替えによって出来たリズムやバランスは、とても大事だなと再認識しています。
変わったとまだ言えるほどではないですが、今後はもっと臨機応変に制作を切り替えられるような気がしています。やっと、少し器用になってきたというか。

展示風景
photo by Kai Maetani

<望春の花6>
2020 / 紙に水彩、アクリル、パステル、ラッカースプレー / 332 x 242 mm

Q5. 「図形的登場人物」と「望春の花」とを同じ空間に展示してみて、いかがでしたか?

双方があることで面白い循環や、良い影響と補完が起こることに気づけました。ですので、どちらのアプローチも今後は続けていきたいです。
 

Q6. 今後の展示や活動のご予定があれば教えてください。

展示ではないのですが、来月にこちらのフェアへFINCH ARTSより参加致します。
https://bijutsutecho.com/magazine/news/headline/22196

タイトル:artTNZ produced by AFT with APCA
会期:2020年9月17日(木)-9月21日(月)*17日(木)は招待客のみ
会場:TERRADA ART COMPLEXII(東京都品川区東品川1-32-8)
電話番号:03-5797-7912(一般社団法人アート東京)
開館時間:未定 *完全予約登録制
料金:入場無料 

今回の個展の新作一部や、もしかしたら過去作品もお見せ出来るかもしれません。どうかよろしくお願い致します。

展示風景
photo by Kai Maetani

<春の背中5>
2020 / 紙に水彩、アクリル、パステル、ラッカースプレー / 332 x 242 mm

開催概要

タイトル:図形的登場人物(雪娘)と望春の花
会期:2020年7月24日(金)-8月9日(日)13:00-19:00 *金、土、日のみ開廊 
会場:FINCH ARTS(京都府京都市左京区浄土寺馬場町76)
ホームページ:https://www.finch.link/

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西村 有未|Yumi NISHIMURA


1989 東京都生まれ
2014  東京造形大学造形学部美術学科絵画専攻 卒業
2016  京都市立芸術大学大学院美術研究科絵画専攻(油画)修了
2019  京都市立芸術大学大学院美術研究科博士(後期)課程美術専攻研究領域(油画) 修了・博士(美術)学位取得
     
個展
2019 「図形的登場人物(雪娘)と望春の花」FINCH GALLERY(京都)
2018 「描き続け 為に(物語から絵肌へ、絵肌から物語へ。その繰り返し)」神奈川県立相模湖交流センター(神奈川)
2016 「From light houses vol.1 yumi nishimura」MOONDUST(東京)
2013 「TWS-Emerging2013:例えば祖父まで、もしくは私まで。こんもり出現」TWS本郷(東京)

2012 「毛わらと油」美術出版社ビューイングスペース(東京)
      

グループ展
2019 「PIE314 FOR MAKE WORKS」ON MAY FOURTH(東京)
2016 「第3回CAF賞入選作品展」3331 Arts Chiyoda(東京)、「CAF ART AWARD Selected Group Exhibition」HOTEL ANTEROOM KYOTO | GALLERY9.5(京都)
2014 「三菱商事アート・ゲート・プログラム2013年度奨学生作品展」EYE OF GYRE(東京)
2012 「トーキョーワンダーウォール2012」東京都現代美術館(東京)

パブリックコレクション
山梨学院大学
 

受賞
2016 「第3回CAF賞」保坂健二朗審査員賞
2013 「2013年度三菱商事アート・ゲート・プログラム2013年度」奨学生

ワークショップ
2019    練馬区立美術館

Contemporary Art Foundation