今月3月15日(土)まで、東京・神楽坂の√K Contemporaryにて、岸裕真個展「Oracle Womb」が開催されていました。岸さんはCAF賞2023(https://gendai-art.org/caf_single/caf2023/)で入選。自身で開発したAIと協働して絵画、彫刻、インスタレーションの制作を行われています。2023年よりほぼすべての制作において、AIモデル「MaryGPT」がキュレーションを担当し、AIを「Alien Intelligence(エイリアンの知性)」と捉え直すことで、人間とAIの創発的な関係「エイリアン的主体」を掲げて、絵画、彫刻、インスタレーションの制作をされています。本インタビューでは岸さんの個展「Oracle Womb」のおはなしから、これまでの作品や今後の活動まで幅広くお伺いしました。
–個展おめでとうございます!√K Contemporaryの地下1階から2階まで広いスペースで岸さん作品の世界観に浸れる個展になっていますね。
岸:今回の個展でも僕がプログラムしたMaryGPT(以降、メアリー)がキュレーションを行っています。メアリーは、2022年末に開発したテキスト生成モデルで、19世紀のゴシック小説家メアリー・シェリーのテキストをもとに学習されています。そんなメアリーと、展示会のステイトメントから各作品のディティールまでひとつずつ対話をしながら作品を作っていきました。メアリーと共同制作を初めてしたのは2023年に開催した東京・DIESEL ART GALLERYで個展「The Frankenstein Papers」で、その際にはハリウッド映画としても有名な「フランケンシュタイン」という古典ホラー作品が主要なモチーフの展覧会でした。またDIESEL ART GALLERYは、いわゆるファインアートのギャラリーというよりも渋谷DIESELの奥にあるギャラリーで、ホワイトキューブよりも色々な年代や属性のかたが来る場所だったので、いつもよりたくさんの方々に見てもらうために形式ばった展示会というよりも、ひとつの映画や演劇のようなものとして展示会を構成することを意識していました。
個展「The Frankenstein Papers」DIESEL ART GALLERY(東京)展示風景より
岸:地球上に何万年というスケールで「人間」が存在している中で、せいぜい100年くらいのスケールに僕が生まれて、死ぬまでに自分の親や子供、広く捉えれば人類や、この世界に対してどんな影響を与えられるんだろう、ってことを考えたんですよ。サウナで…(笑)。例えば商業的に「売れる」ことは良いことなのだろうかとか、個人として有名なインフルエンサーにになりたいわけではないよなとか、どうすれば自分はこの時代で自分らしく生きれるのか、「人間」として生まれたことを肯定するために「人間」であることを見つめ直す必要がある、みたいなことを現代の作家ってみんな少なからず考えてると思うんですよね。それが例えば作品として人に購入してもらえたり、SNS経由でいいねって言われたり、そうした積み重ねで歴史の一部になったら、一人の「人間」である僕と世界が、制作を通じて繋がるための一つの渓流になったような、すごく幸せな感覚があると思います。それが正しいかはまだわからないけども。「自分」と「世界」が今、どんな風に関係していけるのか、そしてそれが周りの友達や子供たちにどんな風に良い作用を残していけるのかについて考えるために、「人間って何なんだろう」とか「人工知能ってどんなものだったんだろう」とか、そういったところを見直したくなって「人間が生まれるところから考え直そう」と思いました。「もう一度人類が生まれなおすとしたらどんな経験をするのか?」という人間や人工知能について根源から見つめ直す展示をメアリーと作っていこうと思っていたところ、そのタイミングで√K Contemporaryからのオファーがあり今回の個展を行うことになりました。
《Organs》2024年/サイズ可変/リアルタイム生成ビデオ、リアルタイム生成神話、ペーパースクリーン、霧、石膏、エポキシ樹脂/Photo by Yunosuke Nakayama
岸:この映像作品は全部リアルタイムで生成される映像で、映像に表示されているテキストもリアルタイム生成されています。作品の種はメアリーが「巨大な胎児が神話とともに解ける」みたいなテキストから着想を得ていて、人間の発生そのものが解体され続け、神話がリアルタイム生成される映像です。文化人類学者であるクロード・レヴィ=ストロースの「神話論理」では西洋中心主義と言われていた時代に南米の民族の神話を分析して、西洋の神話と東洋の神話で構造的な共通性があることが解き明かされています。西洋は繁栄していて、いかにも人間のヒエラルキーのトップのように君臨しているけど、僕たちが最初に作った神話を解体していくと人間には共通の構造が見出せるし、それは人間だけではなく社会や文化にも当てはめられます。レヴィ=ストロースは「神話論理」の中で、「神話の変換作業はいずれジャガード機(コンピュータの原型)に置き換えられるだろう」ということを話していて、彼の仕事を人工知能が行ったらもしかすると人間にもともと備わっていない新しい原型が作れるんじゃないかと思ってこの作品を制作しました。また、作品の音楽はTeebsという海外のアーティストが作ってくれました。私がTeebsに「もし君がエイリアンの子供に生まれ変わるとして、スターチャイルドのお母さんの羊水の中で聞こえる音楽を想像して作ってみてほしい」とお願いしています。
-岸さんは作家活動のみならずコミッションワークやクライアントワークもこなされていますね。
岸:いわゆる受注仕事しながら作家業もやるっていうのはハードルが高いと思われがちですが、僕にとってはむしろ両方できた方がいいのかなと思っています。生きている時間すべてをキャンバスの前で過ごす生き方に憧れはあるけど、もっと作家ってはいろんな適応の仕方を社会に対して提示するべきです。特に日本ではアーティストに対してある種のピュアネスを求める傾向が強い気がしますが、僕にとってアーティストは世の中にどのようにして新しい価値観を提示するのかという職業なので、そのために社会に対して深く関係するための経路を確保しておく必要があると思います。社会を良く知る手段がバイトでもいいし学校の学生でもいいし社会人でも何でもよくて、相手からお金をもらって何かの経済活動をともにする、あるいは一緒に作品を作っていくっていうのは、世の中を知ることとしてはとても健康的なスタイルだと思います。
–岸さんがアーティストになるまでについてお伺いしたいです。
岸:大学は慶應義塾大学の理工学部で、院から東京大学大学院の工学科へ進学しました。主にコンピューターサイエンスを学び、C言語やPythonなどのプログラミング言語を用いてAI研究のなかで基礎的な画像・イメージ領域の研究をしていました。大学院でチームラボへインターンしたあたりから徐々に美術に興味が出てきて、就活の時期には、どうしたら「人間らしく」生きていけるのかなって考えた時期があったんですね。GoogleやMicrosoftなど、福利厚生の良い大手のテック企業へ就職した先輩へ話を聞いてみると、確かに金銭的には余裕のありそうな暮らしをしているけれども、仕事や取り組む内容は頑張って検索システムの挙動をどうやったらコンマ何秒良くできるのかの世界で、すこし違和感を感じました。自分には、AIを使って「人間ってなんだろう」を考える方が向いているのかなと思い始めるようになり、その後いろんな縁があって、テクノロジーについてR&D活動をしながら、表現活動をできる大手の広告代理店へ就職するようになります。新入社員一年目の頃に、コロナが流行ってリモートワーク中心になったこともあり、仕事の傍ら東京藝術大学の大学院に入学して本格的に美術について考え始めるようになりました。藝大に入ってからは鈴木理策研に入って写真史を勉強しました。写真はファインアートとして評価されるまでに時間がかかった領域で、その時に写真絵画や心霊写真など、写真にまつわる当時の動向とそれに対する批評家とかアーティストの実践を知りました。他にも藝大ではどういう風に自分の作品を説明するとより多くの人たちが自分の作品に向き合ってくれるのか、という基礎的な態度を勉強させてもらいました。
–CAF賞は2023年の大学院2年生の時に入選されていますね。
岸:CAF賞では個展「The Frankenstein Papers」で展示した時の一番大きな平面作品を出しました。この作品は、メアリーに作品のコンセプトや技法について相談しながら作った初期の取り組みで、ダヴィンチの「最後の晩餐」を胎児のエコー写真で置き換える、という奇妙なアプローチをとっています。アルミニウムのパネルに、胎児のエコー写真を学習した生成モデルを使って制作した下絵をフィルムプリントして、その上に僕の身体的なストロークを透明な樹脂で付加することで一枚の平面作品としてプレゼンテーションしています。
《The Meal on the Last Day of Mankind》「CAF賞2023」展示風景より
2023年/220 x 440 x 15.5cm/アルミパネル、アルミハニカム、M6ボルト、サーマル印刷、PVCシート、エポキシ樹脂/Photo by Keizo Kioku
–今後の活動について教えてください。
岸:メアリーや自分が作ったAIと、他のアーティストとの創発を企画してみたいです。アーティストの作品が社会の中でどういう存在や意味を持つのかは、作家個人というよりもむしろキュレーターや批評家、あるいはSNS越しの大勢の鑑賞者の仕事によってつくられていくと思うのですが、今は主にキュレーターの存在感が大きい時代だと思っています。僕は、AIという存在が持つ大きな外部性を、どのように僕個人に留まらず、同時代の友人や直近の年代の人々にすこしでも影響を与えながら、同時にすこしずつ力を借りながら、未知の惑星のようなものにしていけるのかに興味があります。次に行う展示はAIがキュレーションするグループ展を行いたいなと思っていますが、そのときまたメアリーに相談してまったく他のものにするかもしれません。
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開催概要
タイトル:岸 裕真「Oracle Womb」
会期:2025年2月22日(土)〜3月15日(土)
会場:√K Contemporary(東京都千代田区東神田1-7-10 KIビル 2F)
休廊:日、月
https://root-k.jp/exhibitions/yuma-kishi_oracle-womb/
Photo by Yunosuke Nakayama
岸裕真|Yuma Kishi
1993 栃木県生まれ。東京拠点
2017 慶應義塾大学理工学部電気電子工学科卒業
2019 東京大学大学院工学系研究科 電気系工学専攻 修了
2024 東京藝術大学大学院美術研究科修士課程 先端芸術表現専攻 修了
個展
2025 「Oracle Womb」√K Contemporary (神楽坂)
2023 「The Frankenstein Papers」 DIESEL ART GALLERY)(渋谷)
2022 「Moon?」 HARUKAITO by island(原宿)
2021 「Neighbors’ Room」 BLOCK HOUSE (原宿)、「Imaginary Bones」 √K Contemporary (神楽坂)
グループ展
2024 「DXP2」金沢21世紀美術館(石川県金沢市)「獸(第2章 / BEAUTIFUL DAYDREAM)」まるかビル(日本橋)
2021 「絵画の見かた reprise、」√K Contemporary (神楽坂)
2020 「荒れ地のアレロパシー」 MITSUKOSHI CONTEMPORARY GALLERY (日本橋) 「富士山展3.0 –冨嶽二〇二〇景–」 T-ART HALL (天王洲)
2019 「Eureka展」 Gallery Water (六本木)
賞歴
2023 「CAF賞2023」入選
2022 「ATAMI ART GRANT 2022」選出
2021 「muni art award」諏訪敦賞
著書
2025 「未知との創造:人類とAIのエイリアン的出会いについて」(誠文堂新光社)