INTERVIEW

Artists #33 神農理恵 × 日原聖子 × 水上愛美 × 若林菜穂 × 上田剛史

4月2日(土)~5月1日(日)の期間、東京・TALION GALLERYにて、神農理恵、日原聖子、水上愛美、若林菜穂の4名の作家によるグループ展「いつかは世の中の傘」が開催されています。神農さんはCAF賞2020(https://gendai-art.org/caf_single/caf2020/)で名和晃平審査員賞を受賞、日原さんはCAF賞2017(https://gendai-art.org/caf_single/caf2017/)で入選されています。
本展タイトル「いつかは世の中の傘」は、流行歌の歌詞(川内康範作詞)の一節に由来しています。世の中の傘とは何か、という問いをめぐり、私的な行為や関係性のつながりが、社会やその時代をおおう皮膜となる連環の開き、あるいは裂け目を主題として構成し、4名の作家による展示が展開されます。
この度のインタビューでは出展作家の皆さま、そしてTALION GALLERYのディレクターで、本展覧会企画者の上田剛史さんにお話を伺っています。


--「いつかは世の中の傘」の開催にあたり、それぞれどのように作品を展開されたか、普段の制作の様子なども合わせてお聞かせください。

神農:今回の展示は、タリオンギャラリーディレクターの上田さんから、今回は「世の中の傘」をテーマに展示を考えてください、と最初にご連絡いただいたことがきっかけでスタートしました。「いつかは世の中の傘」という展示タイトルで、その言葉は作詞家・川内康範が作詞した森進一の「おふくろさん」の歌詞の一節から取ったものです。2007年に森進一さんが川内さんの許可なく無断で前奏パートを付けて歌唱したとして、当時芸能界で大騒動になったことがありました。「いつも心配かけてばかり いけない息子の僕でした 今はできないことだけど 叱ってほしいよ もう一度」という言葉を付け加えて歌ってしまったという経緯で川内さんが激怒してしまい、以降川内さんが亡くなり彼の遺族と和解するまで「おふくろさん」は歌唱できなくなってしまった事件でした。その歌詞の一番目の中に「お前もいつかは 世の中の傘になれよ」という言葉があって、その「世の中の傘」というのは一体何なのだろう、という宿題が出された展示でした。
私は「世の中の傘」という言葉を聞いたときに、タイトルやフレーズから「家族」や「親と子の関係」、そのコミュニティーの中で生きること、守ること、脱出することなどを考えました。脱出というのは、家族間におけるしがらみからの脱出とも言えますが、今回においては、私が過去に飼っていたハムスターがケージから脱出して違う世界を知るとか、そういうことを考えて制作しました。「脱出」という言葉だけで見ると、苦しい・逃げたいといったネガティブな状況下から逃れるという意味と捉えやすいですが、その一方で、とある状況下から出て楽しむ・遊ぶという意味でも使えると思い、そういったことを作品にしています。このおもちゃの作品は作品の中に遊びの要素をとり入れていて、見守っていないとどこかに行ってしまうような動きを入れています。

神農理恵《じゃれっこ、ころがるこ、》2022/鉄、スプレー、クレヨン、ワイヤー、じゃれっこモーラー/サイズ可変 撮影:木奥恵三

神農:ネズミの作品は脱走したハムスターのように、空間のあっちにもこっちにもいるイメージで2匹います。展示して見て、2匹の配置が空間の隅っこ同士に居るので2匹がアイコンタクトを取りながら皆さんの作品とタリオンの空気感を見守っているように感じました。

神農理恵《ねずみ》2022/鉄、スプレー、溶接ワイヤー、樹脂/24×23×14cm 撮影:木奥恵三

神農:このネズミの作品は鉄でできています。私物のプラズマという機械で鉄を切り出して、溶接しています。切り出した鉄板は全てトレーシングペーパーで型紙を作ってデータを取っています。そうすることで同じ大きさのバランスで作品が作れますし、作品を大きくするときにその型を拡大コピーして制作できます。私はもともと学部時代は服飾科に在籍していたことがあって、結局は中退してしまったんですが、そういう意味で彫刻の作り方の基礎みたいなものをよく知らないでここまで来ました。制作方法についてはいつも手探りで、服飾科で勉強した型紙の知識を生かして制作に反映するなどしています。

神農の普段の制作の様子 写真:松本加奈/Cana Matsumoto

日原:私は現在チェコにいるのですが、この展覧会のお話をいただき初めてみんなでミーティングをしたときはチェコに渡航する直前でした。初めはチェコにいる友達の子供と絵を描いて布で包んで中身を見れない状態にし、それを東京のタリオンギャラリーに送ろうと思っていました。「子供の絵」という輝かしいものを、作家であり大人である私の一方的な権力によって、見ることができないようにするという、権力的な意味での大きな力・大きな傘について考えていました。また少し意味合いは変わりますが、日本のお守りなども布の中に紙が入っていて、持ち主にはその紙が見えないけど力がある存在として、持ち主を守ってくれます。そういったジェスチャーが空間に入るような、そんな作品があったら面白いかもしれないと思っていました。

チェコでの制作の様子
Workshop "Circle in Red," Symposium Descendants of Fungi, 2021 Photo by Johana Posová

日原:しかし自分がチェコに渡航した後、中欧をとりまく環境があまりにも変わってしまいました。プラハの人々の様子を見ている中で、今私は何ができるだろうかと、どんな展示であれば友人に見せられるだろうかと、そればかりを考えていました。ロシアとウクライナはチェコと歴史的・地理的に近しい関係にあります。日々変わっていくニュースの中で、また避難してくる方々を受け入れるために日々動き続けているチェコ国内の中で、わたしは日本に何を送れるのか分かりませんでした。
そうした中1日一通、何か意味を込めて普通郵便で何かを日本へ送る、というように決めました。友人の子供の描いた絵や、手芸屋で買った売れ残りの布、人からもらったアマリリスでつくった押し花の跡、自分で描いたドローイングを簡易包装で送りました。ロシアの領空を飛行機が飛ばなくなったことで郵便が止まったり滞っていたことも理由で、不安定な通信網の中で、何か意味を込めたものを一番簡単な方法で送り続けるというのは今意味のあることなのではないかなと思いました。

日原聖子《Untitled(いろあつめ)》2022/色鉛筆、紙 撮影:木奥恵三

--パフォーマンス作品とも言えるんですね。

日原:そうですね。マテリアライズされた作品を空間に置くというのではなく、日本に何かを送り続けるというジェスチャーそのものが作品の趣旨でした。初めは搬入日までに日本へ届いたものの中から数点を選び、展示に組み込んでもらう予定だったのですが、届いたものは順に封筒ごと全て並べましょうと提案していただきました。最終的に鑑賞者には封筒の中身を手に取って見てもらえるように落ち着き、それは誰かに送られたものを手に取って垣間見るという、少し特別な行為に落ち着けたのではないかと思っています。誰かに何かを送り、それを手に取って見てもらえるという行為の連続が、良いジェスチャーとしてつながったのではないかなと思っています。

日原聖子《Untitled》2022 撮影:木奥恵三

水上:私がこの展示タイトルを知ったのは去年の12月、年末でした。「いつかは世の中の傘」というタイトルを聞いたとき、映画でもゲームでもアニメでもなんでもいいんですが、「この世を良くしよう、こうしたら良いはずだ」という気持ちや思いが歪んだ方向にいってしまい、倒される存在になってしまった悪役をテーマに絵を描こうと思っていました。言葉遊び的な感じで、バイオハザードのアンブレラ社(*バイオハザードシリーズに登場する架空の企業。社名は「傘で人類を庇護する」から由来するもの。)が浮かんできて、そこから物語の中の悪役にフォーカスをしていったんですが、2月の終わりにロシアとウクライナの戦争が始まってしまったとき、今この状況でこのテーマはとても描けないから、もっと違う考えをしなくてはいけないと直感的に思い、この展示の搬入日まで悩みながら制作をしていました。

普段の制作の様子

水上:私の絵画の制作プロセスはいつも、一回描いた絵を、砂が混ざった顔料で塗りつぶして作品の中に見えない領域を作るということをしています。そもそもこのやり方を始めたのは、私の「見えない」ということへの興味が発端です。科学的にも宇宙の7割は見えない物質によって構成されていると言われるようで、人間には見えない、見えないけど想像できるものに興味があります。今回も一層目と二層目の間のイメージを全て決めておいて制作に挑んだけれど、一層目を描いた時点でこれじゃないとなってしまって消して、二層目に移行して描くんだけどそれも消して、描いては消すということをずっと繰り返していました。今自分が絵を描くことについてや、何を描くのかについて、ずっと自分と向き合って考えながら作品を作っているうちに、むちゃくちゃ難しくなってしまったんです。
この作品はタロットの「世界」というカードの図柄を参照しています。鷲、ライオン、牛、天使が描かれていて、中央にはトランプゲームをしている人が描かれている作品です。実はこの絵画の下の層にはアメコミのヒーローが戦っている図が描かれているのですが、その面は見えません。塗り重ねるというよりも、ペインティングナイフで見えないように覆ってしまう、というのが正しいです。一回何もない状態にして、もう一回描く。最初の絵は見えないけど、物質的には存在しています。

水上愛美《still continue》2022/アクリル絵具、チャコールペンシル、砂漠の砂、サンドペースト、リネン、パネル/100.5×80.5cm 撮影:木奥恵三

水上:下にある見えない絵画は、すごく難しいですが、鑑賞者に聞かれたら嘘をつくことなくイメージを答えるようにしています。一層目に描かれているイメージを聞いた方がいいか?と言われることが多いのですが、私が正直に答えてしまうとそれが「正解」になってしまうので、そこら辺が難しくて、私自身回答することについていつも悩んでしまうのですが、絶対に隠したいとかではありません。

左:水上愛美《fortune》2022/アクリル絵具、チャコールペンシル、砂漠の砂、サンドペースト、パネル/34.3×24.5cm
右:神農理恵《ねずみ》2022/鉄、スプレー、溶接ワイヤー、樹脂/24×23×14cm 撮影:木奥恵三

若林:この展示のミーティングで傘から連想できることを話したりしました。核の傘やumbrella termなど、規模の大きなものまで及びました。作品を作りはじめるとき、私は今一度、自分の思い浮かべる傘について考えました。傘は人一人が入るのがやっとの大きさで、ほとんど頭部の辺りしか守れず、雨が強ければ足や肩は濡れてしまいます。実際は2人も入ったらほとんどが濡れてしまうわけで、あったらありがたいけど、それほどに全面的に頼りになるものでもないなと思ったんです。それと、強風にあおられたら飛んだりひっくり返ったりして、それは生き物のようでおかしくもあって、ちょっと笑えるなと。傘と人間は一対一で関係を結んでいるように思えます。もし傘を何かの比喩としてみるなら、個人が使うルールとか意思みたいなものかもしれません。
森進一が「おふくろさん」を歌ったときに付け加えた「いつも心配かけてばかり いけない息子の僕でした 今はできないことだけど 叱ってほしいよ もう一度」という一文は、おふくろさんに対して直接的に「もっとこうして欲しい」と言った心情を述べています。一方で、作詞家川内康範のオリジナルの歌詞だけを見ると、おふくろさんに対する思いだけでなく、社会的な教えまで、意味にさまざまな含みがあるように受け取れます。森と川内それぞれの表現手法があって、作品としてどちらが正解とは言えませんよね。水上さんが「多くの人に届く作品は、その過程で色々な人が介在して、形が変わっていく。」と言っていて、とても面白い話だなと思いました。その言葉もあってさらに傘に対して有機的なイメージを持ちました。

若林菜穂《光る徴》2022/油彩、キャンバス/116.7×91cm 撮影:木奥恵三

若林:普段の制作について。私は歩くのが好きでよく散歩するのですが、ふいにハッと目に留まるものがあったりするんです。そういうものを見つけると、後々になって思い出すような、大事な瞬間になります。こんな出来事があった、というのを思い浮かべるとき、同時になにかその時見ていた光景も現れるような。他の人にもそういう節目のようなイメージがあって、個人の中に積み重なっているんじゃないでしょうか。それで「こういうハッとすることがあったよ」と会話で誰かに伝えようとするんですけど、そのハッとした感じや、ものについてうまく伝えられない気がするんです。これは私の会話のヘタさによるものかもしれませんが(笑)。その時、気持ちはどんな感じで、見えていたものはどういう様子で、取り巻いてる世界のムードとか、目に見えないところも絵に描くことで伝わる面がでてくる。個々人が共有してない時間に見ている大事な節目について、作品を通して意思疎通できるかもと思って、絵画を描いています。

若林菜穂《停留地》2021/油彩、キャンバス/116.7×91cm 撮影:木奥恵三

普段の制作の様子

若林:制作に際して日々、よく写真を撮ります。それを印刷してそのまま描くこともあるし、切り貼りしてコラージュにしてから描くこともあります。コラージュにすると、時間や場所などの背景からものが切り離され、私の主観によって勝手に集められて、バラバラの断片であっても平然とひとつのイメージに見えることが面白いです。それに加えて絵に描いていく過程で、今の私の意志や感覚、感情にあわせて、全然違う姿になっていくというか、描きあがった作品を見ると、断片の状態とは感じ方も意味合いも全然変わって見えるというのが面白いなと思っています。

水上:若林さんとは予備校が一緒だったんですが、その頃良く一緒に散歩をしていたんです。一緒に歩いていてはずなのに、横を見ると若林さんは消えていて、すごく後ろの方で写真を撮っているみたいなことが多かったです(笑)。その写真は何を撮ってるのかというと、壁のひび割れとか、影の形とかそういうもので、見ているこっちも若林さんの感性に触れられるというか、面白いなと思っていました。

若林:目が留まる、足が止まる、そういうものを写真に撮っていますね。その感覚のでどころについてはいつも不思議に思います。話がそれますけど、展覧会の私の作品の紹介文の中で、上田さんが「所在ないモチーフ」という言葉を使っていて、しっくりきました。現実にあったものを写真に撮ると、写ったものは写真にのせられ現実から切り離される。さらに制作していく中で私の視点や制作の手を通して脚色されていく。自分でも出来上がった絵を見て、これらのモチーフはどこにあって、どう繋がっていたのが本来だったかわからない、という気持ちになるときがあります。

--上田さんはこの4名の作家をどのように選んだのでしょうか。

上田:タイトルは作家のみなさんのお話しにもあった通り、歌詞の一節に由来しています。僕はこの歌詞の内容がずっと気になっていて、「おふくろさんよ おふくろさん」から始まって「空を見上げりゃ 空にある 雨が降る日は 傘になり お前もいつかは 世の中の 傘になれよと 教えてくれた」と続きます。この歌詞について考えると、「どういうことなんだろう」とすごく奇妙に思いました。雨の日にお母さんが小さい子供に傘をさしている、雨から子供を守っているというのは日常にもよくあるありふれた光景で、だけどなぜか唐突に「お前もいつかは 世の中の 傘になれよ」と、抽象的なことを言うわけです。世の中の役に立つ人になりなさいとか、人に奉仕しなさいとか、そういう言葉なら意味としてはわかるんですが、そうは言ってない。この一節を考えたときに、もし小さい頃にお母さんにこういうことを言われたら、意味はよくわからないけど、妙に納得してしまうかもしれないなと。「世の中の傘」というのが、ある種の公共性のことだとしたら、でもじゃあ公共性って何だろうかと思いをめぐらせたりしました。仮に「世の中の傘」が「公共性」を含意するとした場合、実際このタリオンギャラリーは民間のスペースで、公立のものでもないので、そこまで公に対する直接的な意識があるかというとそうではない。お母さんが傘をさすという話から「世の中の傘」というのが直結している点が怖くもあるんですが、一回テーマとして取り組んでみたくて、展覧会という傘の中に、この4名の作家を入れてみました。

神農理恵、日原聖子、水上愛美、若林菜穂「いつかは世の中の傘」
TALION GALLERYでの展示風景 撮影:木奥恵三

--当初は今回の展示に、水上さん、若林さん、神農さんの3名を選ばれていたと伺いました。

上田:展覧会タイトルが指し示しているテーマ性と、この展覧会がどうしてできたかというところは絡まり合ってます。元々の経緯は、去年外部のスペースで展示を企画してほしいと依頼されて、その時に水上さんに聞いてみたんです。

水上:はい、ラインが来ました(笑)。

上田:水上さんから「神農さんと一緒に展示をしたい」という話があったのですが、タイミング的に実現しなかったんです。その時に水上さんの近況をインスタグラムで見ていたら、若林さんの作品画像が出てきた。若林さんのことを聞くと「予備校が一緒で、ズッ友ですよ」って言われて。見目さん(タリオンギャラリースタッフ)にも聞いたら「若林さんは家が近くて飲み友達です。」と言われて。その後、若林さんがアトリエで絵を描いているのを一回見せてもらったりもしました。
神農さんは最初は山下拓也という作家の展示の設営の手伝いで来てくれたことがあって、少し前から知っていました。
水上さんとは、作品を見て知り合ったわけでもアーティストとして紹介されたわけでもなくて、うちのギャラリースタッフとしてアルバイトをしていたんですよ。だから最初はギャラリースタッフとしての面接で知り合った。描いている絵を見て、面白いなと思ってはいたんですが、その時点ではうちのスペースで展示として形にするという発想はまったくなかった。もちろん外部の展示で水上さんが活躍するのはいいことだけど、うちでやるとどこか身内のなれあいになってしまう。他の2人とも関係性が近く、同じような感覚があったから、普通だったらタリオンギャラリーでやる展示企画にはならないんだけど、「いつかは世の中の傘」という展示だったらあり得るかなと、ふと思いが重なったって感じですね。アーティストとして対象化して見るというよりは、親目線じゃないけど、ちょっと身内みたいな感じで見ていました。

--皆さんそれぞれ作品のアウトプットは違いますが、実際展示を拝見すると親和性を感じます。上田さんはどのように作家さんへ作品の展開を依頼されたのでしょうか。

上田:最初に展覧会のタイトルの話をして、作詞家と歌手の騒動のエピソードを紹介して、自分の考えの話をしましたね。

水上:結構、私たち作家に委ねていただいた感じがあります。

若林:特にこうしてほしいみたいな話はなくて、最初のテーマについて「僕はこういうふうに考えてる」という話だけでしたね。

上田:いつも「こうしてください」という直接的なことはまず言わないんです。ただ、いつもだったら良いアーティストだと思ったとしても、実際に展示をするまでにはもう少し様子を見る。だけど、「いつかは世の中の傘」ということだったら、一回入れてみるのもあり得るかもしれないし、彼女たちを対アーティストとまだ見れていない自分のことを見てみぬふりをしなくて済むかなと。いつもの展示とは違うことをしているという意識はありました。この企画はずっと迷っていて、やっぱり難しいかなという時ときに日原さんが現れた感じですね(笑)。

若林:日原さんが現れて整ったって感じはありましたよね。

日原:そうなんですね!(笑)

上田:ようやく空を飛べる、かろうじて離陸できるかもみたいな。

若林:2回目のオンラインミーティングでそれぞれの作品の方向性について話しをしていたんです。私は普段自分の制作の感じで、日常的な誰しもが見たことのあるモチーフで構築していたのですが、「今回の展覧会にどんな動きをしてほしいとかありますか。」と上田さんに聞いたら、「若林さんと水上さんはもっと遠くまで飛ばすみたいな感じでお願いします。」とおっしゃられて。私はその言葉を、もっとテーマから飛距離を出せ、変なことをしても大丈夫だという風に受け止めたのですが、あれは一体どういうことだったのでしょうか。確か「流行歌は思ったより遠くへ飛んでいく」といった話の件もあって、私は今もちょっと気になっています。

上田:そんなこと言ってましたか、言ってたような(笑)。比較的自分がやり慣れた方法で展覧会を作る場合は、おそらく展示タイトルももうちょっと抽象度を上げてると思うんですよ。抽象度を上げて、逆にテーマとしてはもう少しスペシフィックにする。参加する作家に対しても、この人はこういうことを考えている部分があるから、このテーマに対してはこう反応するかな、ということをもう少し想定している。今回はまだそこまで想定できないけど、とにかくやってみようかなと思ったんです。とはいえ展示タイトルも具体的だし、若林さんも具象で描いているから、もうちょっと距離感があるといいな、という意味で発言したんだと思います。
テーマが展示を遠くに連れていってくれるだけではなくて、作家の思い描くものが遠くに連れていってほしいという、いつも自分が想像しなかったことや考えもつかなかったような何かを求めているんだと思う。

若林:作家は四人いるので、それぞれ四方に向かって走ると傘が広がっていくんだろうなと解釈してました。

上田:今回は普段とは違うやり方だから、判断を迷うという状態にも意味があると思いつつ進めていました。展示としてどうだったかというと、迷ったからこそ、インストールの段階で自分が調和をとってしまったのかもしれません。慣れたやり方でやると、この作品はこう見せるべきだとか、これはこうじゃなきゃいけないんだ、ということがすぐ決まるので、その前提なしで見る人にとっては唐突だったり尖っているように見えるかもしれない。だけど今回は「これでいいのかな?」と進めていたから、逆に見やすくなったということかも。でも「いつかは世の中の傘」だから、いまは「世の中の傘」じゃなくてもいい。どうなってもいいんだろうなという認識はあったけど、結局「みんな喧嘩しないで、兄弟は平等だよ」という感じにしてしまったかもしれないなと思います。

--タリオンギャラリーの名前も、「いつかは世の中の傘」という歌詞に返ってくるというお話も伺いました。

上田:タリオンギャラリーを始めた時、その意味についてよく聞かれたんです。毎回長々と説明するのも大変だったから「目には目を 歯に歯をって意味です。」で済ませていた(笑)。そんな時にある人が「なんかそれだとちょっと怖いですね、私はアートは元気づけたり幸せにするものであってほしい。」というようなことを言われたんです。もちろん、そういうものであってほしいとも思います。その時に「おふくろさん」の歌詞について、たまたま僕の口をついて出たんです。「自分が傘をさしてもらい、世の中の傘になれ」というような歌詞があって、そういう意味もありますよって。それを言った後で「ああ、確かにそうとも言えるな」と自分で思った。美術表現は私的で局所的な行為だけど、確かに世の中に対して何かを返すパブリックなものでもある。そんなこともあって、ずっと引っかかってたという感じです。

--日原さんとはどのようにお知り合いになったのでしょうか。

上田:うちで昨年12月にやった展示を日原さんが見に来てくれたらしくて、それについてレビューのようなテキストを書いてくれたんです。「惑星つきのコミュウ」という展示でした。これもいつもと違うことをやった展示で、その時は出展作家として「地球」がクレジットされていて、地球の作品を出さなきゃいけなかった。

若林:出展作家が地球。山本悠さんと小宮りさ麻吏奈さんと地球。

上田:地球の作品ってどういうふうにしたら展示することができるのかを考えた時に、「コミュウ」という存在が論理的に要請された。出展作家を決めるのは企画者で、出展作家に地球を入れたのは自分だけど、地球が作品を作る時に当然人間と同じようには作れない。そういう展示がどこまで伝わってるんだろうということが分からなかったんですけど、日原さんのテキストを読んだときに、ああここまで伝わるのかと思ったんです。もちろん全部伝わっているということはないんだけど、そこで一つ、自分は報われたと感じました。

【日原による「惑星つきのコミュウ」レビュー】
私たちは正常に生きているが、それは何故か https://taliongallery.com/sp/Kommu_review.pdf

日原:すごく好きな展示だったので、感想を見目さんに伝えていたら、テキストを書いてみませんかと言われたんです。

上田:それもタリオンっていう意味と関わってくる。タリオンって、何と何を等価とみなすかというか、それは基本的に前提のない話で、それ自体が一個一個そこで生まれてくるということでもある。だからこういう展示をして、こういうテキストが返ってくるのがすごくいいな、これが報われるっていうことだなと思った。それまでは今回のこの傘の展示を3人で進めることに難しさがあったのですが、日原さんが入ったら違う形で作用してくれそうだなと思ったんです。

--作家の皆さんは展示に参加してみていかがでしょうか。

水上:私はもともと全員を知っている状態でした。神農さんとは2年前くらいに知り合って、若林さんと日原さんは予備校の時から知っていて、上田さんも4年前くらいから知っている。すごく不思議な感じでした。それに皆さん、表現が難しいのですが、アーティストとしてというより私がアーティストとして作品を発表した展示に来てくれた訳ではなくて、ただただ人生の中で知り合ってきた人たちなんです。その人たちと展示をする時に、このタイトルが選ばれて、世界はこんな状況になっていて、考えることはたくさんありました。

若林:私も特に水上さんと日原さんは予備校時代からの付き合いなので、作品を見ている時間が長いです。神農さん含めて四人とも、もちろん生きてる過程も考えてることも違うから、普段の生息場所はそれぞれ全然違ったりします。普段は違うところで活動をしているんだけど、それが一堂に集められて展示するということってあるんだという不思議な気持ちになりました。
しかもメディアがみんな違うから、コミュニケーションを取ろうとした時に、なぜ作るのか、何考えているのか、という話になってくる。それがすごくよかったなと思います。なんとなく同じメディアの人で集まると、そのメディアの話で盛り上がったりもするので、ちょっと核心に入っていかないとかもあるんです。メディアに依らず、一番大事なところを話さなきゃいけないし、考えなきゃいけないなとはあらためて思いました。

神農:私は水上さんとは知り合いでしたが、他の方は会ったことがありませんでした。でも実際に話してみたら壁を感じることもなく、同じアーティスト仲間という感じですんなり入ってきた。みんなそれぞれ違う作風だけど、それぞれ似てる部分があったり。
日原さんの今回の作品にある子供が描くような感じは、私の作品の中にもあります。私はいつも子供にかえる気持ちで制作を始めていて、好きな色と形を描いたり切ったり、後のことを考えずに好き勝手にフィーリングで動くかんじ。若林さんのさっきのお話の中にあった、お散歩の途中で写真を撮るというのも、私だったら写真の代わりに落ちてるブロックとか持って帰るだろうなとか。そういう瞬間の捉え方にちょっと近いものがあるなと思います。
水上さんと私が一番近いと思った点は、設置するときのキャンバスの布の出し方です。変形して見方も変わるところだと思うんですけど、「ここかも、ここかも、ここだ」とふと手を止める感じが私の制作に近いかな。今回の展示での私の作品の配置は、あちこちに点在することによって他の作家の方々をゆるやかに繋ぎ合わせるような役目になってるんじゃないかなって思います。

--日原さんは今回展示にはいらっしゃっていないですが、いかがでしょうか。

日原:郵便を20通ほど送りましたが、最初はその中から会場に合いそうなものを3つほど選んで、会場に忍び込ませてくださいとお伝えしていました。最終的に全部並べて展示していただくことになったり、私は日本に作品を送って展示構成をしたというよりも、送った状態のものをそのまま並べらてもらっているという感じかもしれません。実際の空間に行ったらもっと見えてくるものがあるかもしれないと思ってはいますが、何を感じて思えばいいのかわからないで戸惑っているというのが今の一番の正直な答えかもしれないです。でも、みんなの話を聞いてよかったなと思っています。

水上:この展示は素材感がそれぞれの作品で際立っています。例えば神農さんの作品が実は鉄でできているとか、若林さんのはどうやって描いてるんだという感じとか、日原さんの作品は写真だと絶対中身が見えないし、私の作品は、表面の物質感にこだわっています。それぞれの作家で写真ではわからない細かさみたいなのもありますね。

--最後になにかございましたら。

若林:インタビューを最後まで読んでくださりありがとうございました。皆さんが展覧会に来てくださったら、とてもうれしいです。

神農理恵、日原聖子、水上愛美、若林菜穂「いつかは世の中の傘」
TALION GALLERYでの展示風景 撮影:木奥恵三


開催概要

タイトル:いつかは世の中の傘
アーティスト:神農理恵、日原聖子、水上愛美、若林菜穂
会期:2022年4月2日(土)~5月1日(日)11:00-19:00
定休日:月・火・祝日
会場: TALION GALLERY(東京都豊島区目白2-2-1 B1)
企画:上田剛史(TALION GALLERY ディレクター)
https://taliongallery.com/

神農理恵 | Rie SHINNO
1994年三重県生まれ。2018年名古屋造形大学造形学部美術専攻コンテンポラリーアートコース卒業。2020年武蔵野美術大学院造形研究科修士課程美術専攻彫刻コース修了。
近年の主な個展に「untitled」gallery DEN5. (2020/東京)、「a fresh pleasant, feeling」東京造形大学オルタナティブスペースmime(2019/東京)など。近年の主なグループ展に「Heptapod Solresol Ruins」VOU/棒ギャラリー(2022/京都)、「RISING STARS 展」銀座蔦屋書店(2021/東京)、「The Practice of Alchemy」TOKYO INTERNATIONAL GALLERY(2021/東京)、「ストレンジャーによろしく」金沢市内各所(2021/石川)、「ART@DAIMARU(BEAMS×muiLab)」大丸京都店(2021/京都)、「CAF賞2020」代官山ヒルサイドテラス(2020/東京)、「ShiftOperation Tokyo workflow」CAVE AYUMI GALLERY(2020/東京)など。

日原聖子 | Seiko HIHARA
2018年プラハ美術アカデミー修了。2019年より東京藝術大学大学院美術研究科博士後期過程在籍。令和3年度ポーラ美術振興財団在外研修員としてチェコ共和国にて研修中。
主な個展に「Circle in red」駒込倉庫(2021/東京/助成 : 公益財団法人小笠原敏晶記念財団)、「かりてきた糸/Borrowed.」TS4312(2020/東京)、「In Between」IDEÁL prostor gallery (2018/プラハ)など。主なグループ展にワークショップ/シンポジウム「Descendants of Fungi: NEUROPLASTICITY」Institute of Anxiety(2021/チェコ)、「1GB」スパイラルホール(2020/東京)、「Future Ready」Kampus Hybernska(2018/プラハ)、「CAF賞2017」代官山ヒルサイドテラス(2017/東京)、「Halfway where」grey gallery(2017/デン・ハーグ)、「Š.A.L.O.U.N」シャロウン邸(2017/プラハ)など。

水上愛美 | Emi MIZUKAMI
1992年東京都生まれ。2017年多摩美術大学絵画学科油画専攻卒業。
主な個展に「So it goes」4649(2022/東京)、「Catharsis Bed」CADAN 有楽町(2022/東京)、「Dear sentiment」トーキョーアーツアンドスぺース本郷(2021/東京)、「Paintings for stranger」トーキョーアーツアンドスぺース本郷(2020/東京)、「底流/Large eddy」ワンダーサイト渋谷(2016/東京)など。主なグループ展に「VOCA展2022」上野の森美術館(2022/東京) 、「Heptapod Solresol Ruins」VOU/棒ギャラリー(2022/京都)、「COPE」no gallery(2022/ニューヨーク)、「憑依する作法」小金井アートスポットトシャトー2F(2021/東京)、「エマージング・アーティスト展」銀座蔦屋書店(2021/東京)、「4649 at Pina」Pina(2020/ウィーン)など。

若林菜穂 | Naho WAKABAYASHI
1991年東京都生まれ。2017年武蔵野美術大学造形学部油絵学科卒業。
主な個展に「Magic Flight」数寄和(2021/東京)、「wink」四谷未確認スタジオ(2020/東京)、「うつせる窓」小杉画廊(2018/東京)、「行く先々」数寄和(2018/東京)、「予定にない日」sanka(2016/東京)など。主なグループ展に「Kinder wonder garden」KATSUYA SUSUKI GALLERY(2021/東京)、「第三十三回ホルべインスカラシップ成果展」佐藤美術館(2020/東京)、「心覚えをたどる」hatoba cafe/gallery(2020/京都)、「Slide,Flip, and Turn/スライドフリップアンドターン - 7人のアーティストブック展 -」武蔵野美術大学美術館図書館(2018/東京)「木曽ぺインティングス vol.2」木曽路美術館(2018/長野)、「清須市第9回はるひ絵画トリエンナーレ」(2018/愛知)など。

Contemporary Art Foundation