INTERVIEW

Artists #9  木村翔馬

現在、木村翔馬さんの個展<水中スペック>が本年リニューアルオープンした京都市京セラ美術館の「ザ・トライアングル」で開催されています。木村さんはCAF賞2017(https://gendai-art.org/caf_single/caf2017/)で<最優秀賞>を受賞、2018年には最優秀賞の副賞として東京での初個展となる<dreamのあとから (浮遊する絵画とVRの不確定)>を開催、VRを使用したインスタレーションと絵画作品群を発表されました。
美術館での初個展となる今回の展示では、VR空間での絵画制作の過程で得た経験や実感を、水の中で上手く泳げずにもがく人に例えて表現しています。制作についてのお話や、CAF賞最優秀賞を受賞されてからの変化を木村さんにお伺いしました。

--今回木村さんは、京都市京セラ美術館がリニューアルをしたタイミングで新設されたスペースに展示をされていらっしゃいますね。今回の展示はどのように決まったのですか?
 
木村:東京での初個展から展示を見てくださっている京都市京セラ美術館の学芸員の方から、美術館がリニューアルするタイミングでご連絡をいただきました。新型コロナウイルスの影響もあり、結果的に準備に1年ほどを費やしています。
 
--本個展<水中スペック>では、どのような作品を展示していらっしゃいますか?
 
木村:キャンバス作品とVR作品を展示しています。現実の世界では展示室に絵が6点あるのですが、VRの中にもそれに重なるように展示室があって、そこにも絵が展示されています。
いつもは白い背景に色のついた線で絵を描いているのですが、今回は図の部分と地の部分を反転させているんです。キャンバス作品は緑の地の上に白で描いていて、VR空間の中の絵も、緑色の水の中に白い線で描いています。

<ザ・トライアングル「木村翔馬:水中スペック」京都市京セラ美術館展示風景>
撮影:三吉史高
写真提供:京都市京セラ美術館


--今回そのような新しい試みをされた理由はどのようなものなのでしょうか?
 
木村:デジタルのディスプレイの白の色の表現の幅が現実世界の絵具よりもすごく広くて、発光したりして、それが面白いなと思って。実際のキャンバスの作品には、白がどう重なりあっているかが読み解けるほどの情報量は残していません。でも、VRの中の絵を見てもらうと白い部分の立体的な重なりが見えたり、色自体の幅も広くなっているので、VRの絵が現実に飾られてる絵の種明かしとして見ることができるようになっています。ちなみに、VR空間の中では、現実に近い世界と水に満たされた空間とがループして登場します。
 
--VR空間の中が水に満たされると、絵が見えるようになるんですね。
 
木村:はい。そもそもVRのペインティングを白一色で描いているので、背景が白い空間だと絵が見えない状態なんです。だから背景をホワイトキューブの展示室から変える必要があって、ループさせています。
 
--緑を選んだ理由はあるのでしょうか?
 
木村:消去法です。青は明度が低くて、白と青の組み合わせを考えたときに、色の差が大きいのですごく絵が完成しやすいと思ってやめました。逆に黄色は描きづらく、赤も政治やジェンダー的に見えてしまう可能性があってやめました。一番ニュートラルな色を選ぼうと思った時に、緑になりました。これも絵具だと発色しづらいんですけどね。緑のにごった水なんです。でも映像で見ると綺麗ですよ。笑

<ザ・トライアングル「木村翔馬:水中スペック」京都市京セラ美術館展示風景>
撮影:三吉史高
写真提供:京都市京セラ美術館

<木村翔馬《水中スペック》2020年 / VR映像の一部 ©shoma kimura>

--個展のタイトル<水中スペック>は水中の動きづらさや不自由さをVRでの制作や鑑賞時の感覚につなげているとお伺いしました。いつ頃から不自由さを意識されていらっしゃいましたか?
 
木村:僕としては初めてVRを付けて描いた時から描きづらいのが第一印象なんですよ。キャンバスもないし、四角い枠もないし、ちょっと気を抜くと彫刻になってしまうから。あと、一度VRで絵画を描く体験をしてしまうと、現実の世界でどうやって絵を描いていたかが分からなくなってしまう。現実の世界に戻った気がしているけど戻れていない、地に足がついていない感覚がずっと付き纏います。
 
VR鑑賞者の不自由については、VRを付けてもらって座ってても何も始まらないんです。周りを把握して、自分でどこに絵があるかを考えて探しに行って、自分で歩き始めて初めて鑑賞になるんですよね。普通の展示室なら歩いて鑑賞するから当たり前の話ではあるのですが、それがVRの中で行われると「歩いていいのかな?」となる。目隠しされた状態ですからね。自分が鑑賞したものが他の人と共有できない。そのもどかしさみたいなものもすごく大事です。
 
絵を制作する上で、操作できなかったことがあって絵になると思うんです。マテリアルと自分の意識の働かないところ、自然なところに身を任せた時に起きる摩擦をどの瞬間に作るかは、絵を描く人それぞれ違っていると思います。僕の場合はそれを絵の外で作ろうとしているんです。画面と絵具というところの摩擦ではなく、複数のメディアを経由して感じる摩擦があって絵を描きたくなるので、それをどうやって表現するかが常に課題ではあるんです。
 
--木村さんは偶然に生まれた所作は残しますか?
 
木村:難しいですが、キャンバスでは残ってしまうのでなるべく迷った痕跡がないようにします。迷った痕跡があるとデジタルの絵っぽくならないんですよ。「ポン」ってそこに出てきた感じがいいんです。どうやって描いたかわからない面白さって大事だと思っていて、絵を見た瞬間にどうやって描いたかわからないと思ってもらって、そこから解読が始まると思うんです。

--今、このタイミングで「不自由さ」をテーマにしようと思ったのは何故なのでしょうか。
 
木村:VR元年と呼ばれた2016年ぐらいではVRで絵を描くことの不自由が伝わらなかったんです。新しいテクノロジーで何でもできるという雰囲気があったと思います。年配の方に「SNSってなんでもできるんでしょ」と言われることってあると思うのですが、若者は何でもできないことも知ってるんです。バズらせることも、フォロワー獲得できないことも知ってて、ものすごく現実っぽくてうまくいかないことの方が多い。それはVR元年から数年経った今の方が伝わると思います。

--制作する時は、絵画とVR作品のどちらから始めているんですか?
 
木村:同時に制作しています。まず、フォトショップで下書きをたくさん作ってその中から一番いいものを選んで、頭の中でVRバージョンと絵画バージョンを想像する。それぞれ元のイメージがわかるギリギリのところで調節して同時に描いています。いろいろな立場の方がいると思うんですが、僕は頭の中とか心の中に描きたいものがあって描く方が自然だと思っていて、そっちの方が、みんなが想像するいわゆる絵だと思うんですよね。
 
--2次元の絵画、3次元のVRに加えて、ガラス面に直接描いた作品がありますよね。今までこのような作品はなかったかと思うのですが、木村さんの中ではどの位置付けになったのでしょうか?
 
木村:美術館からガラスのところに作品を置いてくださいというオファーをいただいて。結果的には、新しい試みではありましたが、今までの作品から大きくずれておらず、違和感なく描けたと思います。VR空間でも同じように空間が広がっているし、絵も窓だからキャンバスの後ろには空間が広がっていると思って描いているので。
今回は「ニュイ・ブランシュ KYOTO 2020」に合わせて初めてライブペインティングを行ったんです。初めは構図がなしの壁画として仕上げるつもりでしたが、描くうちに難しく描きたい欲が出てきて、構図があって長時間眺めても耐えうるものに変更してしまいました、内緒で。笑 結果的に、美術館の方にも喜んでいただけたのでよかったです。

<透明の上に描く>
2020年 / ガラス面に油彩
(2020年10月3日「ナイト・ウィズ・アート2020」より。京都市京セラ美術館北西エントランス)
撮影:三吉史高
写真提供:京都市京セラ美術館

--木村さんが絵画を始められたきっかけはなんだったんでしょうか?

木村:僕は子供の時から何となく絵が好きな子供でした。あんまり人付き合いが得意なタイプの子供ではなく、内向的だったと思います。そんな中で、白い紙の空間だけは何をしても自由な空間だったんです。アートっていう枠組みの中は何をしても自由だと思うことは、僕にとっていいことだったんです。だから、ずっと絵を描くことが好きだったんです。紙やキャンバスの上に自由な空間が広がっているという描き方は今も変わらないですね。
  
--子供の頃から絵を描き続けてきた中で、VRでも絵画を制作しようと思ったのはどのような経緯からなのでしょうか?
 
木村:大学4回生(2017年)の頃、色付きの蝋燭をキャンバスの上に垂らした半立体のような作品を作っていたことがありました。それをフォトグラメトリーの技術を使って3DCGのデータにして、当時主流だったスマートフォンを使った360度のVRを手に取ったのが最初のVRとの出会いです。
元々、普通に絵具で絵を書いてても、何か違うな、上手くいかないなという思いがずっとあったんです。でもパソコンで描くとうまくいくのは分かっていました。それが自然に組み合わさったという感じです。
 
--CAF賞2017にご応募いただく直前にVRでの制作を始められたのですね。あの作品はまずVRを使って絵を描き、それをベースにキャンバスにペインティングを描くという手法で制作されたものでしたよね。
 
木村:そうですね。CAF賞で展示した作品はあの描き方になってから2作目のものです。ドローイングをマジックペンで描いたら上手くいく。フォトショップで描いても上手くいく。それは分かっていたのですが、どうやって作品にするかを悩んでいました。その2つの間として、あの手法が生まれたんです。

--CAF賞の受賞時のコメントで、「絵画を更新したい」ということをおっしゃっていらっしゃいましたよね。審査員の方もこの言葉が非常に印象深く受け取られていました。
 
木村:絵画の更新をしたいという意識はあります。僕は、印象派の作家とウォーホルが好きなのですが、両方ともテクノロジーの進化によって絵が急激に変わる瞬間だと思っています。当時のことは想像するしかないけど、その恐ろしさみたいなものに惹かれるんです。その時代による環境によって絵の描き方って当然変わるよなって思うんです。
油絵具ってすごい歴史あるメディアだからこそ余計に思うんです。美術の歴史の中で絵が劇的に変わる瞬間って救われるというか、勇気がもらえる瞬間ではあります。現代ではテクノロジーの変化で日常の生活が変わるのはすごいよく感じますよね。それが絵の変化として見られるのは楽しいなと僕は思うんです。

<CAF賞2017・木村翔馬最優秀賞受賞作品 / 撮影:木奥惠三>

--木村さんの応募回から、CAF賞最優秀賞の副賞に個展開催の機会が設けられました。CAF賞の最優秀賞を受賞してから、変わったことはありますか?
 
木村:色々変わりましたが、やはり個展を開催できたことが一番大きいです。個展を一から作り上げていく経験には本当に今も助けられています。特に、展覧会の作り方や施工の一連のフローがとても勉強になりました。制作することだけが作家の仕事ではないなと思いました。
美術でどうやって生きていくかがわからないところもあったのですが、想像がついてなかったところが見えてきて、繋がっていって。搬入、施工、レセプション、カタログ、DMの郵送、デザイン周り、イベント・・・実際に美術の世界で生きていく人をあまり想像できていなかったので、具体的に体験できたことで、自分の意識の仕方が変わりました。全く何も分かりません、というところから、どういう仕事の仕方したら次につながるのかをイメージできたことが大きいです。
 
--これからの展示の予定や、作家としての展望をお聞かせください。
 
木村:常に何個かやりたい展覧会パターンは何個か考えていて、それを実現させいです。VRなしの絵だけの展示もいつかやってみたいですね。あとは、VRの次のメディアにも会いたいと思っています。今はホログラムが気になっています。ホログラムでただ絵を映しているだけの人っていないですもんね。

--11月3日には京都市京セラ美術館にて、本展示の関連イベントとしてアーティストトーク「半透明な身体と、平らじゃない絵」が開催されます。登壇者は木村さんに加え、共同スタジオartists space TERRAIN(京都市上京区)を拠点に共に活動する澤あも愛紅さんと西原彩香さん。(https://kyotocity-kyocera.museum/event/20201103)また、展覧会のWEBカタログは完成次第美術館のHPから観覧可能になるようですのでぜひご覧ください。(https://kyotocity-kyocera.museum/publications)

<ザ・トライアングル「木村翔馬:水中スペック」京都市京セラ美術館展示風景>
撮影:三吉史高
写真提供:京都市京セラ美術館


個展概要

タイトル:ザ・トライアングル「木村翔馬:水中スペック」
会期:2020年9月19日(土)〜2020年11月29日(日)10:00〜18:00 *月曜休館日
会場 : 京都市京セラ美術館 - ザ・トライアングル(京都府京都市左京区岡崎円勝寺町124)
観覧料:無料、事前予約不要
https://kyotocity-kyocera.museum/exhibition/20200919-20201129

*入館はマスクが必要です。
*会場が混み合った場合お待ちいただく場合があります。
*VR作品があります。鑑賞までお待ちいただく場合があります。

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木村翔馬 | Shoma KIMURA

1996 大阪府生まれ
2020 京都市立芸術大学大学院美術研究科修士課程絵画専攻 修了

主な個展
2020 「ザ・トライアングル 木村翔馬:水中スペック」京都市京セラ美術館(京都)
2018 「dreamのあとから(浮遊する絵画とVRの不確定)」ninetytwo 13 gallery(東京)

主なグループ展
2020 「楽観のテクニック」BnA Alter Museum SCG(京都)
2019 「ignore your perspective 49『紙より薄いが、イメージより厚い。』」児玉画廊(東京)

Contemporary Art Foundation