先月東京・MITSUKOSHI CONTEMPORARY GALLERYにて成島麻世 個展「遺書」が開催されました。成島さんはCAF賞2020(https://gendai-art.org/caf_single/caf2020/)で海外渡航費授与賞を受賞。木彫を通して、作り続けることや生きることが今後どのような意味を持つのかを問いかけるような作品を制作されています。本インタビューでは成島さんの個展「遺書」のおはなしから、これまでの作品や今後の活動まで幅広くお伺いしました。
-個展おめでとうございます!今回の個展「遺書」について教えていただきたいです。
成島:今回の個展「遺書」は2017年の過去作4点から新作まで435点の作品を展示しており、これまで私が行ってきたなかで一番大きな個展です。高校生の時から今までは実験的に制作方法を試していましたが、今回の個展を通して木でやりたいことがレリーフ(平面を浮き立たせるように彫りこむか、平面上に形を盛り上げて肉づけした彫刻のこと。)と噛み合い、私の中でレリーフというひとつの座標が見えました。個展タイトルの「遺書」は一見暗いイメージを持たれるかもしれませんが、私としては「生きるための原動力として遺すもの」というポジティブな意味合いでつけていています。
-作品についても教えていただきたいです。
成島:今回の個展で展示している新作は、未知の存在をイメージして形にすることを試みた作品です。未知のものを感じる方法として「幻視」や「思い込み」があると思っていて、例えば人を見続けると徐々に人が人のように見えなくなって、そもそも見ていた対象は人なのかわからなくなっていき、認知のズレや疑いが元の形を捻じ曲げられることがあります。木は形だけでなく節やヒビなど完全に同じものは無くコントロールができません。完全にコントロールできない木と対峙しながら「認知のズレや疑い」を彫刻で表現しています。
-成島さんの作品はキメラのようなイメージが特徴的ですね。
成島:私にとって彫刻は、見えるものと見えないものの中間を表現するためにあると思っています。作品を制作する中で私が見たことがあるものを断片的に組み合わせて、キメラのようなものができあがっていき自分でも想像ができないイメージや形に出会っています。壁面にたくさん並んでいる作品《Reliefーmessage》は単細胞がモチーフになっていて、1つの単語や形が連なることで自分も含め読めない言葉や文章のように見える作品です。
《Relief-message》2024/木、岩絵具
左から《Relief-message3》《Relief-message12》《Relief-message243》
2024/すべて10×10×7cm/木、岩絵具
成島:作品を発表するときは瓶に詰めた手紙を海に投げ入れるような感覚があります。もしかしたら海の底に沈むかもしれないし、いつかメッセージボトルのように誰かにその手紙が届くかもしれない。それは自分も知らない人で、受け取った人は誰が送ったのかもわからない。そういった思いを一つ一つの作品に込めています。
個展「遺書」展示風景より
-CAF賞で発表された作品も今回の個展で展示されていますね。
成島:今回の個展にも展示していますが、CAF賞2020に展示した《人型像》という作品が、初めて人型のスプレーペイントをした作品です。この作品は実家の2畳くらいのスペースで自分の祖父にモデルをしてもらって模刻しました。当時は作品として成立させるというよりも、単純に「木を彫る」ということを続けていました。1年くらいかけて作ったのですが、いつまで彫っても私の中で祖父の形をした木であるということが変わらなくて、実在するものを模刻する行為に違和感を感じるようになりました。完成させることの難しさに悩んでいて、どこまで作っても満たされずものを作ることに虚しさを感じて、最初は突発的に「線」を入れました。「線」を引くことで、その時初めてものを作ることを実感することができました。
《人型像》2020/165×90×88cm/樟、ラッカースプレー
成島:木から形を彫り起こすときに頭の中には線があって、線が骨組みのような役割を果たしています。その線が起点となって形が生まれ、変わらないイメージとして最初から最後まであります。
《人型像》の制作中は様々な人体彫刻を調べて見ていたのですが、信仰する対象としての偶像や権力を象徴する彫刻はそのもの自体に空間を支配するような存在感があるけど、私は私の作品を見てやっぱり「もの」なんだと思ってしまい、ちょっとがっかりしました。ですが今は、大事なことは作品を通して何を見て感じて考えるかだと思っています。人には生死があり変化し続けていますが、ものはものであり続けますし、時代や環境によって価値観や見え方が変わるのが面白いですよね。
-今回の個展でこれまでの作品から変化はありましたか。
成島:《人型像》の突発的な線からだんだん変化して、最近は線があるから立体ができるというプロセスに変化しました。それとこれまでの線はスプレー塗装だったのですが、いま制作しているものはほとんど岩絵具を用いてステンシルのような技法で線を描いています。スプレーと同じような表現ができて、粒子の荒さのようなものがもう少し出ます。一見スプレーと同じに見えますがよく見ると全然質感が違いますし、線が木の形を介して立ち上がって見えてきます。岩絵具の顔料って粒子が細かくなるにつれて色が薄く白くなっていくんですよ。今回の個展で展示した7枚の新作は、真ん中の一番濃いやつが始祖、人間の始まりの存在ようなイメージで、他の6枚も同じ色なんですが、粒子が細かくなって、色が少しずつ薄くグラデーションになっていくように岩絵具を塗っています。
《Relief—human》2024/木、岩絵具
《Reliefーhuman 1-1》2024/160×98×7cm/木、岩絵具
成島:制作プロセスとしては、この作品は一本の丸太から製材していて、配置を見て真ん中から外側になるにつれて製材した木の真ん中の部分から外側の部分になるように展開しています。まず《Reliefーhuman 1-1》(中央の作品)を完全に形を作り切った後に、《Reliefーhuman 1-1》のオリジナルが1番だとしたら1番を模刻するように両サイドの作品、2番3番をつくります。そしてまた、2番3番を見て4番5番をつくり、4番5番を見て6番7番をつくっています。一本の丸太から7枚の板に分割して1人の人間を7枚で表現しているようにも見えますし、反復や継承をしていくことによって形が徐々に変化しながら増えていく、人間として生まれてくる過程の展開図のように見えるかもしれません。
丸太を輪切りにしたら年輪が見えると思いますが、中心から1年ずつ成長していき内から外へ大きくなるように、木の時間軸と人間が営む時間軸を重ねて作りました。仏像は丸太の状態から一つの像を作ることを「一木造」と呼びますが、私の作品も一つの丸太を縦にスライスして制作しているので、私としてはこの作品を「一木」と呼んでいいんじゃないかと思っています。
-過去の展覧会やこれまでの作品についても伺いたいです。
《ホ》2021/340×w120×120cm/樟、角材、ラッカースプレー、青いベルト、鉄板、人工芝
成島:これはカタカナの《ホ》というタイトルで、木を使って木を作ろうとした作品です。客観的に考えるとナンセンスな行為なのですが、木材や芝生、立たせるためのボルトや鉄板を使用し、一度死んだものを再び暴力的に繋ぎ直して木を立ち上げています。木材を使っているので木ではあるのですが、自然なものではない何かだと思ったので《ホ》という文字の見た目が近いけれど全然違う意味のタイトルをつけました。
《NEW》 2021/77×120×60cm/木
成島:これは《New》という作品です。私の隣の家が更地にしようとしていた時、隣の家の敷地に赤松の木があったのですが、抜根(木や植物の根を含む全体を掘り出して除去すること)されたままのものを譲ってもらいました。《New》はストレートで生々しい木の表面にNewと彫られている作品で、作るということと壊すということを考えてタイトルを《New》にしました。
《ドラマチックなハエ》2021/40×110×80cm/樟、ラッカースプレー
成島:この《ドラマチックなハエ》という作品は、人がテニスをしていて飛んでいったボールが、人の股や病気の犬の上をを通り過ぎていく様子を彫っています。レリーフ的な表現をしたのはこれが初めてです。この作品を制作していた時期は、どこからどこまでが彫刻なのかを探っていて、この作品が彫刻になりうるのか試していました。作品を作るにあたってモチーフ自体は何でも良くて、物質として重厚感のある木に軽々しいモチーフが彫ってあったり、私が美大生としての立場で発表することが重要だったように思います。
個展「宇宙人の幽霊に会ってみたい」展示風景写真
成島:これは初めてレリーフのみで展示をした個展です。人の幽霊って見る方がたくさんいるけれど、宇宙人の幽霊を見たことがある人って会ったことがなくて。見たことがないものを形にする方法を模索していく中で次元を何個か超えた先のものを求めて「宇宙人の幽霊に会ってみたい」という個展タイトルにしました。
-線のタッチはグラフィティのようにも見えますが、ストリートカルチャーから影響を受けられているのでしょうか。
成島:最初はそういう風に言われることも多かったのですが、全然ストリートカルチャーの一部としては捉えていなくて、たまたまその技法がそういう見た目に近かったというだけです。立体に対して線を引くときに筆などを使って直接線を引くとブレちゃったりするんですよね。それに対してスプレーだと立体に対して手を触れずに線を引くことができるので、それが自分の中で大事なやり方でした。
-塗装の色はどのように決められていますか?
成島:色は感覚の話になってしまうのですが、作品を作っていく中でこういう色にしたいなっていう色が出てきて、あえてそれと真逆に近いようなイメージの色を使っています。私の作品の要素として、大まかに木のレリーフと線があると思いますが、線の色を自分がイメージしていた色とは違うようにすることによって、私の中でピントが合いすぎないようにしています。例えば、人って立体を見ると2つのものを同時に見ることができないじゃないですか。2つのもののうち1つは立体から平面になる、背景になるというか。その現象のように線のイメージと立体、双方のピントが合わないように意識しています。
《Relief》2023/木、岩絵具
成島:これは修了展の作品で、作品の役割や物語、自立できない物体を立ち上げることを考えた作品です。4枚で1組の作品なのですが、一枚ずつ別れているけど、それぞれ物語があるような構成にしていて、相互に形が繋がっています。でも実際には物語の関連が無い作品です。思いを込めて物語の設定や文脈を作品に仕込んだとしても、私が死んだ後にそれが残るかっていうのはわからないじゃないですか。個々にバラバラのものになるかもしれないし、この作品一枚で完結したものとして取られるかもしれない。自分の手から離れた後のこれからの物語・作品の役割や位置を考えなら制作した作品です。作品と作者が存在する時は作者の影響が大きいと思います。私が死んだ後に作品がどのような価値や物語を生み出すのか想像すると楽しみです。
ー今後の活動について教えてください。
成島:もちろん作品を作り続けていきたいですが、今後キュレーションのようなこともやりたいなと思っています。私は大学で彫刻を学んできましたが、私の感覚では今彫刻の定義が広義になりつつも、それにつれて中身がどんどん無くなっているような感覚があります。だからこそこれからの自分たちの世代で新たな表現を提示できたらと思っています。まずは彫刻家や彫刻に興味がある人を対象に、彫刻を考える場として展覧会を企画したいと思っています。今後は彫刻をやるというよりも、彫刻の軸を持ちながら他のジャンルを横断してものを作ったり、技法や今までの彫刻を利用しつつ手段として考えてみたりしようと思っています。
成島麻世| Mayo NARUSHIMA
1998 埼玉県生まれ
2023 東京藝術大学大学院美術研究科彫刻専攻修士課程 修了
個展
2024 「遺書」MITSUKOSHI CONTEMPORARY GALLERY(東京)
2023 「万華鏡」biscuit gallery 1階(東京)
2021 「宇宙人の幽霊に会ってみたい」GALLERY TAGA 2(東京)
グループ展
2024 「Eudaemonia」Gallery Common(東京)、「第27回岡本太郎現代芸術賞(TARO賞)」川崎市岡本太郎美術館(神奈川)、「RE:FACTORY_2」WALL_alternative(東京)
2023 「DOOMs」SOM GALLERY(東京)「MEET YOUR ART FESTIVAL 2023 Time to Change」(東京)、「マイマップでラインとシェイプを描画する」タカ・イシイギャラリー 前橋(東京)、「SO」HIRO OKAMOTO(東京)、「grid2」biscuit gallery (東京)
2022 「ドローイングー身体の軌跡」UENO ART GALLERY(東京)、「1998」GALLERY ROOM・A(東京)
2021 「彫刻と家」旧平櫛田中邸アトリエ(東京)、「ART AWARD TOKYO MARUNOUCHI 2021」丸の内オアゾ○○(おお)広場(東京)、「令和二年度武蔵野美術大学・修了制作展」武蔵野美術大学 鷹の台キャンパス(東京)
2020 「CAF賞2020入選作品展覧会」代官山ヒルサイドテラスF棟 ヒルサイドフォーラム(東京)、「うわごと」KOGANEI ART SPOT シャトー(東京)、「ロスタイム」GALLERY 33(東京)
賞歴
2024 「第27回岡本太郎現代芸術賞(TARO賞)」入選(神奈川)
2021 「ART AWARD TOKYO MARUNOUCHI 2021」長谷川新賞(東京)
2020 「CAF賞2020入選作品展覧会」海外渡航費授与(東京)