INTERVIEW

Artists #40 GILLOCHINDOX☆GILLOCHINDAE

4月27日から5月6日まで、日本橋馬喰町・まるかビルにて、GILLOCHINDOX☆GILLOCHINDAE(以下、ギロチン)が主宰する「獸(第2章/BEAUTIFUL DAYDERAM)」が開催されました。ギロチンさんはCAF賞2021(https://gendai-art.org/caf_single/caf2021/)で入選。「獸(JYU)」とは、アーティスト「GILLOCHINDOX☆GILLOCHINDAE」が主宰する、現代美術の展覧会とライブを組み合わせた7年にわたるプロジェクトです。「黒い獸」を 中心とした物語で、一年に一章ずつ展開していきます。 インタビューでは先に開催された本展を中心に、現在のご活動についてお話を伺いました。

--この度は「獸(第2章/BEAUTIFUL DAYDERAM)」のご開催おめでとうございます!大変盛況だったと聞いております。まずは「獸」についてご紹介いただきたいです。

ギロチン:「獸」は、東京の青年をモチーフとした「黒い獣」が主人公の物語です。見た目は獣の姿ですが、僕は人間として描いています。物語は1、2、3、0、4、5、6章の時系列で進んでいき、全部で7章の構成です。展示と展示、章と章の接続は、漫画で言えばコマやページが変わるとともに別のシーンに移るようなイメージでつくっています。たとえば、「獸(第0章/交叉時点)」(2021年、北千住・BUoY)は「黒い獸」が「狩人」に狙撃されるシーンから始まり、その次の年に開催した「獸(第1章/宝町団地)」(2022年、渋谷・CONTRAST)では狙撃される前の過去編である「黒い獣」の子供時代が描かれます。

「獸(第1章/宝町団地)」 展示の様子

物語の中核には、東京に生きるひとりの男の子であった「黒い獸」が、成長するなかでなぜ獸の姿になってしまったのかという謎があります。「獸」というプロジェクトは、この謎を紐解いていく一連の物語なんです。なんです。それはフィクションであると同時に、僕が現実に生きてきた時代、1999年から2024年の現在までをアーカイブしていく作業でもあります。「獸」のストーリーには僕や友人、家族の人生の話や、同時代に起きた事件など現実も虚構も織り交ぜられているからです。

「獸」には「黒い獣」という主人公がいますが、彼のことだけではなく、いろいろな視点から物語を考えています。複数の視点を採用することで、彼らの暮らす街の姿が浮かび上がってくるし、そこから時代の雰囲気も感じられるからです。この発想は、アメリカのケンドリック・ラマーというラッパーのアルバムの作り方からインスピレーションを受けている部分があります。彼はカリフォルニア州にあるコンプトンという、治安の悪い街で生まれています。その街について、ケンドリック、彼の両親、友達の兄の視点などで歌詞を綴って曲にしたものがあります。一つの街をいろいろな視点で描いて、彼にとってのコンプトンという街を浮かび上がらせるみたいなのをやっているんですよ。

--私たちが生きてきた1999年から2024年は、変わらず戦争が各地で起き、社会的にショッキングな事件や、大震災がいくつもあります。「獸」になってしまう人間、ということは、ギロチンさんの社会に向ける個人的な視座に加え、現代に生きる人々が抱える問題や、社会情勢も関わっているということでしょうか。

ギロチン:そうですね。僕個人の中で大きな事件、ショッキングだった事件は、2019年に川崎市登戸で起きた通り魔殺傷事件です。僕が住んでいる場所から川を挟んで隣の市で起こった出来事だったので、すごく近いし印象に残っています。
その事件が皮切りかはわからないのですが、以後無差別殺人事件が起きたり、引きこもりの息子が事件を起こしそうだからという理由で親の起こした殺人事件もあったりしました。より大きな視点で見れば、国内外で戦争や災害もたくさんありますが、僕にとっては身近だった分、こういった事件が衝撃でした。何が彼らをそうさせてしまったのか、彼らだけの問題だったのか、そういったことに興味を持つようになりました。
凶行に至るまでの流れがあって、もし同じ過程や環境に自分が身を置いた時、自分もなにかを諦めて爆発してしまうかもしれない。そういう感情のありようを「獸」に託しています。事件が生まれてしまう複雑な過程を理解したり、考えを深めたりするには、物語にするのが良いのではないかなと思いました。時代のアーカイブ作業としての「獸」が生まれたのは、このような背景があります。
もちろん、そういった社会問題や事件の要素だけで物語を作っているわけではありません。人間の持つ獣性というか、幼少期に見られる残酷さや野蛮さが大人になった時に失われていく様子であったりとか、あるいは人間を守るために殺されてしまう動物たちのことであったりとか、人間を取り巻く様々な状況も物語の要素になっています。

それから、これは個人的な感覚ですが、2000年前後に生まれた僕らの世代には、感性で作品を作っているアーティストが多いように感じています。現代アートは知性のゲームになっている側面も強いと思うのですが、実は、感性で作品を作り上げている人々もたくさんいるんです。そうしたアーティストたちは、100年単位の普遍的なものを無意識に捉えているんじゃないかと僕は思っていて。そんな「現代」というスパンを長めに見ることができる人たちを集めて一緒に「獸」を作り上げていきたいと思っています。それが現代美術の新しい形式や方法論、シーンを生み出すことになるといいんですが。

《「獸(第2章/BEAUTIFUL DAYDREAM)」ステイトメント》 Photo by Ryo Yoshiya

--今回の3回目にあたる「獸(第2章/BEAUTIFUL DAYDERAM)」について教えてください。

ギロチン:「獸(第2章/BEAUTIFUL DAYDERAM)」は、「黒い獣」が成長した青年時代を描く展示です。展示のキーワードは「ユースカルチャー」と「青年」。参加してもらったアーティストも、この章のテーマに合う人たちです。たとえば、ARTKINGや藤井、山本和真といった出展作家は、ユース的な質感が作品に見られます。中二病的な美学というと偏った言い方ですが、青年の線の細い身体、不安定でアンバランスな感覚を大事にしているように感じられて、テーマにマッチすると思っていました。展示全体のアートディレクションとグラフィックを担当している八木幣二郎もそうですね。

本展には「天使」という、もう一つの大事なテーマがあります。天使は宗教画で多く描かれ、色や形も違うものがいっぱいありますね。
一般的には天使と言えば、翼の生えた白い服装のイメージがあると思うんですが、岸裕真の作品における印象的な白と、AIを用いて多様な素材をインプットしてなんらかの像を捉えらえようとするところが、宗教画の天使と重なると思い、出展をお願いしました。

今回の展示会場はビルを一棟借りていて、フロアごとにサブタイトルをつけています。2階は《無限教室》といって、高校の教室をイメージしています。教室って机とか椅子とか教科書とかみんな同じものを使うからか、同一のものが勝手に増殖し、リフレインするような印象を受けます。そこで空間内に机と椅子を大量に配置し、さらに掃除ロッカーや高校生の頃にやっていた「パズドラ」(*2012年頃に流行ったスマホのパズルゲーム)といったモチーフを使いました。和真くんの絵画作品は、教科書にある牧歌的なイメージをテーマに作ってもらいました。

《無限教室》 Photo by Ryo Yoshiya

《無限教室》 Photo by Ryo Yoshiya

《無限教室》ARTKING・藤井 Photo by Ryo Yoshiya

《大海水浴》山本和真 Photo by Ryo Yoshiya

3階の映像作品は、映像監督の太郎が手がけたもので、展覧会全体を繋いでいます。僕の高校時代の同級生の人身事故の話や、その数ヶ月後に実際僕が目撃した別の人身事故の話など、今回の章の物語のベースとなっているエピソードをもとに製作してもらいました。人身事故というモチーフにはずっと関心があります。CON_の最初の展示「極薄inframince」のときにつくった《TROPHY》というシリーズ作品もそうです。
https://www.contokyo.com/exploring-ultra-thin-inframince-aesthetic/

《東京天使》太郎 Photo by Ryo Yoshiya

猟師が雄鹿を狩って、戦利品として飾る首のことをハンティングトロフィーといいます。それをラッパーのTohjiや和真くんなど、若い青年の服を用いてつくってみました。この作品には、人身事故の時に電車に人がへばりついてる歪な形が刻まれています。それにくわえて、同時代のアーカイブや東京という都市についてなど、今日お話した要素がいろいろ掛け合わせられています。

ただ、僕自身は過去に体験したどっちの人身事故も、凄惨であろうその現場を直接見てしまったわけではありません。何も見ていないからこそ、本当に死んでしまったという感じがしませんでした。死のリアリティがないというか、存在しない存在というか。そんな体験について話しながら、太郎くんに今回の映像作品「東京天使」を作ってもらいました。天使が轢かれて羽は散ってしまったけど、世の中には影響がなくて、いつものように動いていく、そんな作品になっています。

《平坦戦場》Photo by Ryo Yoshiya

4階は《平坦戦場》というサブタイトルで、こうした「獸」の世界観がどんどん崩壊していきます。教室にあるはずの机は高床のように部屋中に敷かれていて、そこに上がって歩くことができる。もはやそれは教室ではなくて、メタ空間のような場所になっています。人身事故が起こっても日常は変わらないように、学校生活を送っていてもその裏では大きな戦争や大災害が日本でも世界でも起こっている。そんな重ならない両方の事実をこの空間に落とし込んでいます。

《OMFg oMg 0mG》GILLOCHINDOX☆GILLOCHINDAE Photo by Ryo Yoshiya

SNSを見ていると、可愛い猫の動画を見た後に、大喧嘩をしている映像が出てきたり、さらに女の子のダンスがあったと思いきや、すぐさま戦争や震災の動画が流れてきたりします。
僕が描いたY🙃UTHシリーズ《KARMAN LINE》と《OMFg oMg 0mG》は、時間も場所も出来事もランダムな情報に次々といい加減にジャンプしていく現代人を表現しています。

《ᏀᎥااًஃNཽཽོོོ༑༣ဧံ့းΔ(ギロニカ)》GILLOCHINDOX☆GILLOCHINDAE Photo by Ryo Yoshiya

大きな平面作品は《ᏀᎥااًஃNཽཽོོོ༑༣ဧံ့းΔ(ギロニカ)》というタイトルです。今年のお正月に能登半島の震災の報道で積み上がった瓦礫の様子を見たとき、どこか戦地のようで、ガザで起こっていることと重なるように感じられました。すごく遠いものだと思っていた戦争が、すごく近いところにもあるみたいな。
ピカソの「ゲルニカ」は、スペインのゲルニカという場所の爆撃を描いた作品ですよね。それに対して、様々な場所や時代の戦争、災害の動画がSNSで流れている現代においては、どこかをモチーフにするのではない戦争画・災害画を描いてみたいと思ったんです。そこでこの作品では、複数の場所や時代の瓦礫をコラージュして線画にすることで描いています。

《Untitled(for an angel on rooftop)》岸裕真 Photo by Ryo Yoshiya

展覧会ビルの上の階に進むにつれて、どんどん夢の方に向かっていきます。屋上の「学園天国」は、天使が死んでしまったことへの祈りにも見える、天国のような構成になっています。
大量に並べられた手型は岸さんの《Untitled(for an angel on rooftop)》という作品で、展覧会に参加してくれた方や、映像に関わってくれた方、いろんな方の手を型取ったものです。たくさんの人の手型を取ることは、ある意味フィジカルなAIのようだと思っていて、異なる手形が一堂に並べられることで新しい個体を生成しています。AIの作品を作られている岸さんらしい作品だと感じています。

LIVE_VMO a.k.a Violent Magic Orchestra Photo by 松村歴

「獸」は展覧会と一緒にライブイベントを開催しています。ライブも展覧会のコンセプトにつながるような構成です。
今回は青年期で、ストーリー展開としては暗めだったので、怖い人を集めました(笑)。VMO(VMO a.k.a Violent Magic Orchestra)、Otagiri(Otagiri w/DJ MAYAKU)は、さっきの出展作家にも通じる、厨二病的な美学を持っている感覚がある音楽を作っていて、高校生的なロックンロール魂を感じるYan Sekuにも出演をお願いしました。JUMADIBAは都市っぽい雰囲気があって、高校生の気だるい感じがあります。Big Animal Theoryは曲が獸っぽいし、名前がめっちゃいいですよね(笑)。

実は、美術として展開されているライブパフォーマンスはあまり得意じゃないんです。そこで今回は音楽ライブに出るような人とか、エンターテイメントとしてのパフォーマンスをしている人と一緒にやりました。やっぱり音楽のプロだから、声の出し方やライブの盛り上げ方も上手いし、体の動かし方とかもかっこいいんですよね。そういうプロにこの展示にライブで参加してもらうことで、美術に全然関心がない人も巻き込まれていけばいいなと思っています。今回のライブはアーティストも客もすごく楽しそうで、そこがよかったですね。音楽イベントをきっかけに、美術の展覧会というものに初めて足を運んだと話す人がいたのも嬉しかったです。

音楽や漫画や映画とか、カルチャーといわれるものが僕は好きで、いわゆる美術の展示の形式に拘らない、様々なことをやってみたいと思っています。本当はオペラというか、総合的な演劇っぽいことをライブでやりたいですが、まだそこまで頭が回っていません。音楽のアーティストをもっと俳優のように使いたいというか、ストーリーがあってそれに合わせて曲を作ってもらうような。今後形にして行けたらいいと思っています。

--様々なカルチャーからの影響を受けられていると思うのですが、現在アウトプットは美術であることに何か意義はあるのでしょうか?

ギロチン:僕の制作活動は絵が出発点で、今回のハンドアウトの中の漫画も僕が描いています。なぜアウトプットが美術なのかという質問に関しては、展示は三次元的なもので、体験として記憶に残ると考えているからです。この点においては、漫画や映画よりも美術が勝ると思っているというのがあります。よく言われるのは、映画を2000万円で撮るのと、同じ額で美術の展示を制作するのは全然違うということです。映画の制作費として考えれば2000万円はとても少額だけど、美術の制作費であれば、結構な規模で発表できる可能性があります。そういう意味では、同じお金でも、美術はやれることの選択肢が増えて、大きくすることができます。

--今後の展開として、「獸」はどうなっていくのか、ネタバレしない程度に教えてください。

ギロチン:まずは変わらずに展覧会を開催していこうと思っています。「獸」については、結末以外の構想は大体練ってあります。ただ、毎回展覧会をやる前と後とで内容が全く変わったりするので、変わることはあるかもしれません。実際、主人公は0章の時は黒い獣でしたが、回を追うごとにどんどん人間のような姿になっていきました。物語自体も最初はかなり抽象的な内容でしたが、より具体的なものへと変えています。それから、今回「獸」のハンドアウトとして漫画を描いてみて、もう少しやってみたいと思うようになりました。自分のためにちょっとずつ描いてみようかなと。

《「獸(第2章/BEAUTIFUL DAYDREAM)」ハンドアウト》GILLOCHINDOX☆GILLOCHINDAE

--毎回のストーリー展開で、会場探しも大変ですね。このビルにも普段は複数のギャラリーが入っていますが、今回は一棟貸し切って使っています。

ギロチン:このビルには「CON_」という僕らが運営しているギャラリーがあります。この「獸」の展覧会に向けて、他に入居しているギャラリーに一時的に会場を貸してもらえないかと相談し、協力をしていただいて一棟借りることが実現しました。「CON_」で見慣れたビルだったので、前にここにきた人も含めて、見慣れないビルに変貌させるべく、ビルを丸ごと幕で覆いました。新しく壁を建てたりして、なるべく違う場所として感じられるように作り込みました。廃墟に入り込んだら教室の中にいるみたいな、夢に入り込んで、夢から出たらただの廃墟だったみたいな、タイトルにある白昼夢のような体験にもしたかったんです。

今回は会場もいろいろな人に協力してもらいましたが、設営もみんなでやりました。獸の展示をつくるとき、いわゆるインストーラーだけじゃなくて、友達含めいろいろな人が参加してくれます。プロのインストーラーとだけつくると、事前にいろいろ決めて置かなければならないので、どうしてもプロセスが固定化されます。それに対していろいろな人とやると、途中でやり方が変わったり工夫の余地ができたりして、みんなの展覧会になっていくんです。それによって会場に熱が溜まっていくのが面白いですね。

--ギロチンさんと「獸」の関係はどういうものでしょうか。ギロチンさんは「獸」プロジェクトの中で必ず出展されますが、「ギロチン」という一個人として、「獸」とは切り離して参加しているのか、あるいは「獸」プロジェクトに協力という形での参加なのか、どういった関係なのでしょう。

ギロチン:「獸」丸ごとそれ自体が僕の作品ではありますね。アーカイブの観点で言うと、7回ある「獸」の展覧会(物語)を丸ごと美術館が記録して、大量の作品を歴史に登録させようという作戦でもあります。一つの物語という単位で作品保存ができないか、という試みです。いずれは0から6まで全部の章を、美術館の敷地全てを使ってやりたいです。一部屋に入ったら机が大量にあったり、次の部屋では公園になっていたり、美術館でライブもしてみたいです。

これは「獸」の話ではなく、ギロチンの作家性の話なのですが、かつて村上隆が「スーパーフラット」を提唱してオタクカルチャーを背負いました。それに対して、僕はもう少しザラザラしたサブカルチャーを背負って新しい概念をつくってみたいんです。例えば、《AKIRA》(作:大友克洋)とか『鉄コン筋クリート』(作:松本大洋)、THEE MICHELLE GUN ELEPHANT、THE BLUE HEARTSとか、そういった作品のことを考えています。そうしたザラザラの奴らは、都市の建築や構造とリンクしているところがあると考えています。漫画やアニメの表象を「ジャパン」なものとして演出する表現が成り立つのだとしたら、同様にして、ザラついたサブカルチャーの物語を、建築や都市の構造、そこに育まれる文化とあわせて表現できるのではないかって。だから僕は、展覧会という形式を選んで、漫画の長期連載のような形で物語をやっているのかもしれません。

--都市の構造というお話が出ましたが、ギロチンさんの作品にどのように関わっているのでしょうか。

ギロチン:僕は風景が物語を作り出す、人間を作り出すと思っています。僕が幼い時に、同じ市の中で5〜6回ぐらい引っ越していて。しかも毎回引っ越した後、その家がなくなって、ツルツルした建売住宅ができています。だから、僕にとって実家という概念は薄くて、全部が壊れてなくなっていく。僕が育っていく中で、街には空き地がどんどんなくなっていきました。風景が変わることによって、記憶からその場所がどんどん忘却されてしまう。たとえば、地元に団地があって、団地の中で生まれ育ったのと、団地の外で育ったのでは全然育つ環境が違うとか、近くに川があるのとないのとでは、また異なるとか。電車に乗って学校に通って、降りてみんなで学校に向かうっていうその構造自体が、人々を作り上げているのではないか、ということを考えたりしています。そうした忘却を止めるために、自分が生きた時代自体をアーカイブしたい。それは「獸」にとってきわめて重要な要素になっています。


テキスト構成協力:瀬下翔太

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展示概要
「獸(第二章/BEAUTIFUL DAYDERAM)
ディレクター/アーティスト:GILLOCHINDOX☆GILLOCHINDAE
アートディレクション/グラフィックデザイン:八木幣二郎
共同主催:CON_
参加作家:山本和真、ARTKING、藤井、岸裕真、GILLOCHINDOX☆GILLOCHINDAE
映像ディレクター:太郎
https://ineejyu.com/

GILLOCHINDOX☆GILLOCHINDAE(ギロチンドックスギロチンディ)

1999年東京都生まれ。2021年多摩美術大学日本画専攻卒業。漫画、映画などのサブカルチャーに触れ育つ。都市と青年を題材にコンセプチュアルで物語的な表現を行なっている。現代美術の展覧会とライブを組み合わせて、7年間にわたり物語が展開されていく長編プロジェクト「獸」を開催している。また、日本橋馬喰町にあるギャラリー「CON_」のキュレーションなども行う。 主な展覧会に、個展「☆☆☆☆☆☆☆」CON_(Tokyo、2023)、「Young Artist Exhibition 2021」EUKARYOTE(Tokyo、2021)、「獸(第1章/宝町団地)」CONTRAST(Tokyo、2022)など。
https://www.instagram.com/gillochindox/

Contemporary Art Foundation