INTERVIEW

Artists #48 菅野歩美

5月29日から6月28日まで、当財団事務局ギャラリーにて菅野歩美さんの個展「Boring process たいくつな掘削かてい」が開催されています。菅野さんはCAF賞2023(https://gendai-art.org/caf_single/caf2023/)で最優秀賞を受賞、本展はその副賞として開催しています。菅野さんはどこの土地にも存在する、フォークロアと呼ばれる土地にまつわる物語や伝説、幽霊譚のリサーチを行い、人々によって紡がれてきたその背後にある歴史や個人の感情を想像することで生まれる「オルタナティヴ・フォークロア」を映像インスタレーションによって表現されています。インタビューでは、本展の作品や現在のご活動についてお話を伺いました。


--個展開催おめでとうございます!今回の展示では新作インスタレーション作品が発表されています。


菅野:これまでは土地の物語やそこで伝わっている幽霊の話など「フォークロア」をテーマに作品を作ってきました。大きな歴史から見過ごされてきたディテールや、実際に生きてきた人の語りから歴史を捉え直すということに興味があります。
CAF賞2023の場合は、渋谷ハロウィンという今日的な事象に対してフォークロア的な価値を見出すことによって、再開発のもう一つの在り方のようなものを提示しました。

CAF賞2023、展覧会風景より
撮影:木奥恵三


菅野:私の作品はいつも「どこか特定の地域について」という縛りがあったのですが、今回の個展ではそこから少し解放されたようなことも自由にやってみようと思いました。展示の企画段階時には、ちょうど私の祖父の閉業した事務所を整理していたということもあり、その事務所整理の過程を展示に落とし込もうと考えました。しかし自分の家庭に関係する個人的なことがモチーフになっていた分、完全に自分のこととして閉じてしまうのは違うなと思い、今回の場合もいつもと同じように、歴史の中で見えてこなかった部分を掘り起こすことを意識して制作を行いました。例えば農地改革は一般的な歴史では「多くの小作人が自作農となり、生活が改善された」とされていますが、地主の家だった祖母の家は、やったことのない農作業をいきなり始め出して、でもうまくいかなくて土地をどんどん手放していって、職業を転々とするようになりました。土建屋を始めたりスーパーマーケットを街で始めてみたり、それが立ち行かなくなってまた次の仕事へというように、どちらかと言えば苦労した側の地主であることを聞いて、それも一つの語られてこなかった歴史なのかなと思います。


--作品では昔話のような語り口で、同じお話を繰り返し行なっていて、ちょっとずつ話が違ったりするのが今回の映像作品と重なるところもまた面白いですよね。


菅野:そうですね。高齢者が同じ話を何度も繰り返す中で毎度、話のディテールが少しずつ違うことがあると思いますが、私はこれって高齢者だけでなく、誰しもあることだなと思うんですよね。例えば近しい友人や恋人から何度も同じ話を聞く、みたいなこととか。話を聞いていると、この話ってこの人にとって重要な意味があるんだなとか、繰り返し話をすることでその人自身の歴史を紡ぎ直していく過程が見えてくるような場合があります。
今回の作品を作るために改めて祖母から話を聞いたのですが、話を聞くまでは物を捨てると怒る人だったんですよ。だからなるべく物を捨てないで事務所を整理しようと思っていました。事務所を整理する上でこの場所の歴史について聞きたいと祖母にお願いして、それで一通り話を聞いたら、その後しばらくして、祖母が自ら事務所を片付けていたんですよね。話すことで何か祖母の中で整理がついた部分があったのかなと思いました。これは結構すごいことだと思っていて。この展示を準備していくなかで、私の片付けは全然進まなかったけど、祖母の心境が変化したことは大きな前進でした。


--作品にも登場しますが、もともとはお地蔵さんの周りには桑畑が生い茂ってたんですよね。


菅野:祖母が子供の頃は事務所の場所が桑畑だったそうで、そこに斜めに道が通っていて、その道のそばにお地蔵さんがあった。そういう話から祖母の語りが始まりました。その後、祖父がその場所でスーパーマーケットを始めるための工事でお地蔵さんがどこかに行ってしまったようで、しばらくして隣のガラ置き場みたいなところから、首がない状態のお地蔵さんが発掘されたそうです。そのお地蔵さんに小屋みたいなものを作ってしばらく安置していました。その後スーパーマーケットが潰れて、次に祖父が土建屋を始めるんですけど、祖父の土建屋の従業員がその首のないお地蔵さんを見てちょっと不憫に思ったのか、勝手にコンクリートで頭をくっつけちゃったそうです。そのお地蔵さんが私の生まれた時から知ってるお地蔵さんで、生まれた時からいびつなお地蔵さんがそこにあって、そういうものだと思っていたので、話を聞いて少し衝撃でした。小さいブラウン管ではその話を日記のような映像にしています。


--今回の個展は構成も面白いですよね。


菅野:まず会場に入ると打刻機があります。打刻機は事務所から持ってきたもので、実際に事務所で使われていたタイムカードです。展覧会のDMも一応タイムカードの大きさにして入れられるようにしています。会場の入口にタイムカードを置くことで、展示会場が事務所になっているんですよね。什器も事務所の床と同じ緑色であったり、昔そこが桑畑だったので桑の葉の色でもあります。

菅野の祖父が事務所で使用していた打刻機は会場の入り口に設置されている

「Boring prosess たいくつな掘削かてい」展覧会風景より


菅野:メインの映像作品では、祖父の事務所がそっくり CGで作られて、玄関から入って奥の部屋でブラックアウトしてしまい、また玄関に戻って同じことが繰り返される映像なのですが、間取りや物の配置、ディテールが毎回少しずつ違っています。かつてスーパーマーケットだった時の間取りだったり、かつてそこにあった桑畑が窓の外に見えたりします。
字幕にはメインの映像を作るために祖母から聞き取った言葉や、私がその聞き取りから触発された記憶、事務所にあるものから引き出された私の記憶であったりとか、そういったものをまぜこぜにして見せています。

本展覧会の展示作品《Boring prosess》より、映像キャプチャ


菅野:実はこの映像作品は5回繰り返しているのですが、最初の1と2は私の語りで、残りの3つはおばあちゃんの語りになっています。始まる時は「むかしむかし…」から始まりますが、終わる時に一番奥の暗い部屋で「ここでは一瞬が永遠で永遠が一瞬のよう」という文言が入ります。その暗い部屋は、実際の事務所でものがすごい多くて、私がいつも整理しててここはもう無理だってなっちゃうところなんですけど、整理はいつもそこで終わります。夫と整理してる時にそこで夫が「なんかここにいるとなんか5分が1時間のように感じる」と言ったことがあり、その言葉を参考にこの断末魔ワードを決めました。

本展覧会の展示作品《Boring prosess》より、映像キャプチャ


菅野:そして5パターンの映像の間取りや置いてある物の変化が、壁際にあるA4サイズのドローイングでわかるようになっています。
大きいテーブルの上に置いてあるブラウン管の映像は、メインの映像を紐解くヒントのようなものになっています。メインの映像と反対側の壁にあるマケットは、かつてそこが桑畑だった頃のものと、事務所がスーパーマーケットだった頃の1階と2階の模型になっていて、祖父母に図面を書いてもらって私が粘土で再現しました。窓際の小さいブラウン管にはそのマケットが少し登場していて、事務所の横にあるお地蔵さんにまつわる私の日記のような映像になっています。

《ビデオインフォレクチャー》
2025/シングルチャンネル・映像/3分54秒

《Boring prosessのドローイング》
2025/紙に鉛筆・水彩

《Excuse》
2025/シングルチャンネル・映像/1分20秒

左から《記憶模型-a》《記憶模型-b》《記憶模型-c》
2025/未焼成粘土・油粘土

--粘土は作品によく使われるのでしょうか。


菅野:粘土は日常的によく使っています。ドローイングとか下書きとか、地図っていう名目だったら絵を描けるんですけど、キャンバスを貼っちゃうとプレッシャーにやられて全然絵が描けなくなっちゃうんです。それと同じで粘土も焼いちゃうともう戻せないので、焼かずに未焼成粘土のままにしています。
祖母とは普段からお買い物や病院の付き添いで週に一回は会うのですが、改めて昔の話を聞くことは結構、照れくさくて。だから話を聞く時に夫に間に入ってもらって、夫という他者を利用して祖母から話を聞くきっかけを作りました。そうすると祖母の語り口もいつもと違ったり、話が波に乗ったりして、いつもと違うディテールが話から出てくる。それも面白かったですね。


--余談ですが、片付けをしたあとは事務所はどうなるのでしょうか。


菅野:建物自体は今のところ祖母の持ち家なので、なんとか整理して自分のアトリエとして使えたらなぁと目論んでいます。大学を卒業した後のアトリエがなくて、卒業前の2月ぐらいに急にそこを整理して使えないかなと考え始めたことがこの作品のきっかけでした。


--過去の作品の話も少し聞かせていただきたいです。


菅野:「未踏のツアー」という作品は福島県の西会津がテーマの展覧会のために作った作品です。出展されていた他の作家さんは、現地に住んでいる人や何度か行ったことがある人だったのですが、それに対して私は一度も行ったことがありませんでした。コロナ禍だったこともあり、その状況でどういったことができるか考えた上で、現地に行かずに西会津をリサーチして作品を制作することにしました。

「未踏のツアー」より、もう一つの西会津を歩くための地図


菅野:これはかつてあった牛海という湖の地図です。湖の姿をマーキングしたら確かに牛のような形が浮かび上がってきたんですよ。最初に調べ物からメモや地図を作ってそれを元にCGを作っていくという、作り方としては今回の個展と同様の手法です。web上の地図を用いて町を擬似ドライブしたり、その街に関係する物語を読んだりして未踏ながらに土地に対する愛着を構築し、作品制作をするプロセスに挑戦した作品でした。制作を終えた後は実際に西会津へ行って、CGで制作した道と全く同じ道を撮ってICCで展示しました。

「ICC アニュアル 2023 ものごとのかたち」展覧会風景より
撮影:木奥恵三
写真提供:NTTインターコミュニケーション・センター [ICC]


菅野:左側にCG映像があって、右側に現地で撮影した映像を対応させて映しています。CGと実際の映像を比べると山並みが重なっていたり、全然違うけど少し似ているところがあったり。ストレートな手順で現地に行ってたら見えづらかった発見や体験を得られたことが楽しかったです。


--今後はどのようなことに挑戦したいですか。


菅野:少し前からやりたいと思っていてできてないのが、インタラクティブな要素を作品に組み込むことです。今の作品は映像を見ていただくような形態ですが、それに鑑賞者がアクションしたり相互作用があったりするのもいいのかなと思っています。ただそれは必ずしも直接的でわかりやすいインタラクティブで無くとも良いと思っていて、何か必然性のある良い仕掛けを見つけていきたいです。


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開催概要
タイトル:CAF賞2023 最優秀賞受賞作家 菅野歩美 個展「Boring process たいくつな掘削かてい」
会期:2025年5月29日(木)〜6月28日(土)12:00〜19:00 *日、月、火、祝休廊
会場:現代芸術振興財団(東京都港区六本木6-6-9 ピラミデビル4F)
入場:無料、事前予約不要
https://gendai-art.org/caf/kanno/

会場構成:小泉 立(週末スタジオ)
施工:小泉 立、加藤 健吾(Dottete Design)
Webデザイン:稲田 和巳
展示撮影:長谷なつみ
リサーチ協力:古川 智彬
Special thanks:山中 優太、宝田 勇樹、太田 茜、新井 毬子、三浦 エリ

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菅野歩美|Ayumi Kanno


1994 東京都生まれ
2017 東京藝術大学美術学部絵画科油画 卒業
2018台北國立藝術大學 交換留学
2021東京藝術大学大学院美術研究科 修了
2025東京藝術大学大学院美術研究科博士後期課程(油画)修了

個展
2025 「Boring process たいくつな掘削かてい」現代芸術振興財団(東京)
2023 「明日のハロウィン都市 / Halloween Cities of To-Morrow」SACS(東京)
2023 「中空のページェント」YAU Studio 招聘プログラム(東京)
2022 「News From Atopia / アトピアだより」コートヤードHiroo(東京)

近年の主なグループ展
2025 「ART LOUNGE PROJECT #6:NOT QUITE HERE, NOT QUITE THERE」Le Metté Adeline(岡山)
2024 「第11回 新千歳空港国際アニメーション映画祭」新千歳空港国内線ターミナル4階(北海道)
2023 「CAF賞2023入選作品展覧会」ヒルサイドフォーラム(東京)
2023 「YAUTEN'23」YAU Studio(東京)
2023 「ジャンクス・ポーツ」ANOMALY(東京)
2023 「ICC アニュアル ものごとのかたち」NTT インターコミュニケーション・センター(東京)
2023 「Study:大阪関西国際芸術祭 無人のアーク」SHIPホール(大阪)
2022 「GEMINI Laboratory Exhibition: デバッグの情景」 ANB Tokyo(東京)
2022 「都美セレクション グループ展 2022 ものののこしかた」東京都美術館(東京)


賞歴
2024 「第29回学生CGコンテスト」NEW CHITOSE GENIUS賞
2023 「CAF賞 2023」最優秀賞
2021 「A-TOM ART AWARD 2021」特別賞

Contemporary Art Foundation